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オジュウチョウサンの覚醒にも一役。
進化を続ける馬具の今昔物語。
text by
石田敏徳Toshinori Ishida
photograph byAFLO
posted2020/05/25 08:00
今年3月の阪神SJで耳覆いなしのメンコを着用しレースに臨むオジュウチョウサン。障害戦ではJ・GI7勝を含め16勝、障害重賞は13連勝中。
「本人」に感想を聞けない職業。
さて、馬具屋の3代目に生まれた嘉昭さんは職人さんの作業場を遊び場に育った。祖父はまだ健在で、騎手がレースに用いていた革製の鞍も時田さんたちが自前でつくっていた子供の頃に嗅いだ革の匂いは、今でも記憶に残っているという。
ときは流れて現在、レース用の鞍は革製からランドセルでお馴染みのクラリーノ製に変わり、彼らが担う役割も少なからず変化した。とはいえ、馬具の仕事には昔も今も変わらない“難しさ”があると嘉昭さんは指摘する。
「たとえばホライゾネットという馬具(視界を暗くすることで馬を落ち着かせる目的で使う)がありますが、あれを着用すると逆にパニクってしまう馬もいます。どんな馬具も馬によって向く、向かないはありますし、人間のアスリートとは違い、使った感想を“本人”には直接聞けない。そこが難しいですね」
「原則的に通販をやっていない」
馬は言葉を喋らない。着用する馬具も自分では選べない。それをするのは人間の役目。だからこそ、大切にしていることがある。
「お買い上げいただいたときは必ず、スタッフの方にアフターで『どうでしたか?』と感想を尋ねるようにしています。新しいハミ、制御力の強い馬具などは特にそれが大事で『効くけど、2歳の仔には使いたくないな』とか、『やっぱりこれぐらい強力なやつじゃないと効かないね』というケースもあります。そうした情報を蓄積していくことによって、別のお客様にも『こういう馬具がありますよ』と提案ができる。ウチでは原則的に通販をやっていないのは、アフターの情報収集が難しいことも理由のひとつです」
人間は太古の昔から馬具を使い、言葉を喋れない馬と意思の疎通をはかってきた。馬具屋はあくまでも縁の下の存在――。
嘉一さん、嘉昭さんから異口同音に聞かれた言葉だが、より使い勝手がよく、より高い効果を求めて改良、開発が進められてきた競走馬用の馬具はこれからも、ユーザーの感想や要望を反映し、様々な工夫も重ねながら“進化”を続けていくのだろう。