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日本一過酷な山岳レースTJARで、
絶対王者の消防士が挑む「無補給」。
posted2018/08/12 00:00
text by
千葉弓子Yumiko Chiba
photograph by
Sho Fujimaki
いったい、何がここまで人を駆り立てるのか。
日本海の富山湾から太平洋の駿河湾まで、約415kmを人間の足だけで駆け抜けるレースがある。その名も『トランスジャパンアルプスレース(TJAR)』。
北アルプスの剱岳、立山、槍ヶ岳、中央アルプス、南アルプスなど急峻な山岳地帯を経由して、長いロードを走り、静岡県の大浜海岸を目指すこの大会は “日本一過酷な山岳レース”といわれている。
制限時間は8日間、山を登り下りする累積の高低差は2万7000mにおよび、海抜0mから富士山に7回登ることに相当する。選手たちは地図やコンパス、雨具、食料や水分、ガスバーナーなどの火器類、ツェルト(簡易テント)や怪我をした際の応急キットなど「衣食住」のすべてを持って山道を進む。
途中、家族や友人による差し入れやマッサージなどのサポートは一切禁止されており、選手たちは体の激痛や睡魔に耐え、ときに幻覚や幻聴と戦いながらゴールを目指す。
数日間におよぶ過酷なレースの支えとなるのは、応援者たちの声。そして山小屋でのわずかな食事や麓の町で買い求める食べ物だけだ。
選ばれた出走者ですら完走率は高くない。
もちろん、誰でも出場できるわけではない。登山の経験値やトレイルランレース、フルマラソンのタイムなど複数の条件をクリアしなければならない。厳しい書類選考と予選会を通過した30名のみがスタートラインに立てる。
近年の完走者数は、2012年が28名中18名、2014年は30名中15名、2016年は29名中25名。スタートラインに立つまでの数年にわたる準備や熱い想いを胸に、ボロボロになりながらも前へと進んでいく選手たちだが、途中に設けられた関門の制限時間に間に合わなかったり、体調不良でやむなくリタイアしたりする人もいる。
2002年に誕生したTJARは長い間、アドベンチャーレーサーや一部のトレイルランナーだけが参加する知る人ぞ知るレースだった。その様相が一変したのは、2012年にNHKスペシャルで取り上げられてからだ。
壮大な日本アルプスの景色の中で繰り広げられる極限状態におけるレース展開や、選手たちの人間模様に多くの人たちが魅了された。今年は過去最多の110名余りが書類選考に応募しており、屈強で少しばかりユニークな山好き男女の憧れの的になっていることがわかる。