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「女子でも片手懸垂」はあたりまえ。
日本人クライマーの秘密の練習法とは。
text by
津金壱郎Ichiro Tsugane
photograph byAFLO
posted2018/05/31 14:00
ボルダリングW杯 中国・泰安大会の表彰台に上がった、野中生萌(左)と野口啓代(中)。
練習方法やプランは選手自ら考える。
こうした地道なトレーニングを積み、国内代表選考会でW杯の出場権を手にした選手たちが切磋琢磨しながら、さらなる高みを目指しているのが日本代表チームだ。彼らを指導する上で安井ヘッドコーチには、大切にしていることがふたつある。
ひとつ目が“選手の自主性”。足りない部分を補うために手を差し出すことはあるが、基本的な練習メニューや年間プランなどは選手自らが考えることを求めている。どんな状況であってもメンタル的にもフィジカル的にも「適応できる、修正できるタフさ」を身に着けてもらいたいからだ。
「競技中、選手が壁の前に立つとコーチは技術的なアドバイスをすることはできません。反則になるからです。そういった意味でも自主性は非常に重要なことなのです。また、そもそも日本代表チームが日常的に集まって練習できる施設はありません。そのため選手たちは自分自身で練習方法やプランをたてることが日常的になっています。これが選手たちの自主性を育てている要因でもあり、それによって自主性は高まると考えています」
ふたつ目は“個別指導”。これは安井ヘッドコーチが指導者を志した2008年に出会ったオーストリアの名伯楽ライニー・シェアラー氏から学んだことだ。
「登れば強くなる」という精神論を超えて。
ライニー氏のもとからは、リードW杯3連覇と世界選手権で4回優勝し、昨年は女性で初めて「5.15b」を登ったアンジェラ・エイターや、映画「クライマー パタゴニアの彼方へ」のデビッド・ラマなど、数多くのクライミング王者が育った。その彼の指導の基本が、クライマー各人の個性に合わせて教えるというもの。
「日本では昔から『登っていれば強くなる』とか『体重を落とせば登れる』いった根拠のない指導が根強くあります。でも、これだとクライマー一人ひとりの個性や特長を見ていませんよね。いま日本代表がいい成績を残せているのは、選手の個性はそれぞれ異なるものとして捉えているからです。だから、大会でどんな内容の課題が出されても、誰かが勝てるチームになっています」
選手の個性は課題の得手不得手に現れる。クライミングウォールは大きく分ければ、壁が垂直よりも寝ている「緩傾斜」と、覆いかぶさるような「強傾斜」があり、さらに登るための動きもスタティックムーブとダイナミックムーブがある。前者は緩傾斜で滑りやすいホールドを使ったスラブ課題での少しずつ重心を移しながらの登り。後者は強傾斜で出されるランジ(ジャンプ)課題やコーディネーション課題などでの、飛んだり跳ねたりの躍動感溢れるムーブだ。