相撲春秋BACK NUMBER
名門・高砂部屋に待望の幕内力士。
朝乃山、大らかな師匠と歴史を紡ぐ。
text by
![佐藤祥子](https://number.ismcdn.jp/mwimgs/0/a/90/img_0af25390aa2b20c945acc0571cd9865410064.jpg)
佐藤祥子Shoko Sato
photograph byKyodo News
posted2017/09/09 09:00
![名門・高砂部屋に待望の幕内力士。朝乃山、大らかな師匠と歴史を紡ぐ。<Number Web> photograph by Kyodo News](https://number.ismcdn.jp/mwimgs/c/6/700/img_c6f16e1587ee340a8fb2b0aec7215a41147612.jpg)
朝稽古で汗を流す朝乃山。スケールの大きな四つ相撲で地元・富山を沸かせられるか。
焼酎グラスを片手にした師匠のもとに……。
元関脇であり、14年半に及ぶ関取の座を明け渡すことになった朝赤龍は、支度部屋で報道陣に囲まれ、「自分で記録を途切れさせてしまうのは、高砂部屋の先輩力士たちに申し訳ない」と涙を堪えていたという。
本場所を後にした、千秋楽の高砂部屋打ち上げパーティでのこと。終盤に近づいた頃、焼酎グラスを片手にした師匠に、朝赤龍が意を決したように近づいていく。
「本当にすみませんでした……。幕下に落ちてまで相撲を取れるかわかりません。とにかく今は感謝です。僕は親方と出会えて本当によかった……」
ADVERTISEMENT
目を真っ赤にし、堰を切ったように涙を溢れさせ、思いの丈を口にする愛弟子。一瞬驚き、笑顔を向けながらも高砂親方の細い眼からは"飲んでる焼酎"が涙となってこぼれ落ちた。
「おいおい、(朝)赤龍。お前のせいじゃないよ。今までよく頑張ってくれたな。朝青龍の引退後はお前ひとりに負担を掛けて悪かったな……。来場所も関取復帰を目指して頑張る姿を、若いやつらに見せてやれ。それが、関取として長年頑張って来たお前の最後の仕事だよ」
「情けない……」「そんなに泣くなよぉ~」
涙を拭くおしぼりを片手に、互いに肩を抱き、時に腰に手を回しながらも師弟の会話は続く。壁際に立ち、その光景を目にしていた弟弟子たち。ある者は涙を堪えて天井を見上げ、ある者はその光景から目を逸らさずにいた。
なかでも朝弁慶は、まるで子どものように流れ出る涙を隠さなかった。
「情けない……。自分のせいです……」
「お前のせいじゃないよ。そんなに泣くなよぉ~」
部屋の兄弟子である呼出しに慰められ、会場の隅で190cmの大きな体を縮めているのだった。
終宴後、弟子たちを前に涙を拭いた師匠は、自身に言い聞かすかのごとく力を込めた。
「記録はいつか塗り替えられ、途切れてしまうものだ。また新しい歴史を作っていくつもりで、みんな頑張って行こうな」
そして年が明けた2017年初場所。
幕下全勝優勝した石橋は「朝乃山」と名を改めて十両に昇進。途切れた記録をたった一場所で再スタートさせたのだ。昇進を見届け、後を任せるかのように、朝赤龍は5月場所前に現役引退を表明。現在は錦島親方として高砂親方を補佐する毎日を送っている。