野ボール横丁BACK NUMBER
広陵の叶わなかった10年越しの夢。
「止まった、ですね。時間が」
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byHideki Sugiyama
posted2017/09/03 07:00
「10年前の借りを返したい」と明言した中村奨成は、敗戦後に涙を見せた。監督の思いは、生徒たちに伝わっていたのだ。
監督は否定しても、選手は10年前を意識していた。
監督の中井哲之は、ホームランを打たれた瞬間のことをこう語っていたことがある。
「止まった、ですね。時間が。コカ・コーラが見えた(打球が飛び込んだ左中間スタンドにコカ・コーラの看板があった)。あれ、うそだろ、まじか、みたいな。バットを振ったところに、吸い込まれるようにボールがいったように見えた。初めてじゃないですか。時間がとまる、って感覚は。入らんでくれ、っていう気持ちが大きかったんで。勝ち試合だったんで」
その中井は決勝進出を決めても、10年前のことは意識にないと否定し続けた。しかし、中村は決勝に向け、こう決然と語った。
「10年前の借りを返したいんで。そのためにやってきたんで」
中井の気持ちを誰よりも知っていたのは、選手たちだった。
約4000校も参加するビッグトーナメントで決勝まで勝ち残ることなど、ほとんど奇跡と言っていい。中井は10年前、もう二度とこんなチャンスは巡ってこないと思ったのではないか。それが、あれから10年という、これもまた奇跡的な巡り合わせで同じ舞台に立てたのだ。
広陵が勝ったら絵になる。中井はそのとき、何を語るのだろう――。そう密かに楽しみにしていた。
しかし結果は、4-14の大敗。そんな感傷を許さぬほど、花咲徳栄は強かった。