マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
尼崎4時36分発の始発で甲子園へ。
この球場が幸せな場所である理由。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byKyodo News
posted2017/08/20 07:00
甲子園の主役は選手だが、この場所で“勝負”をしている人もまた多い。その熱量もこの場所には渦巻いているのだ。
スカウトに見込まれるのも、能力あってこそ。
彼は高校からプロに進んで実働7年。バッティングを見込まれ何度も一軍に登用されながら、そのたびにケガや故障で定着できなかった。プロ野球選手としては“成功”とは言いきれない現役生活だったが、戦力外通告と同時にスカウト転向の話をもらった。
スカウトは球団にとって、唯一のアマチュア野球との窓口だ。その重責を全うできると球団が見込んだ何かがその人にあったのだろう。
「自分も同じ電車です!」
別の球団の、もう1人の若いスカウトが答えてくれた。
「たいへんだねぇ……」
同じ言葉しか出てこない。
「仕事ですから!」
ビニールシートを広げていく手を止めることなく、顔だけこっちに向けて返してくれる。やはり、まっすぐにこっちを見つめる目に曇りがないのが救われる。
「眠いだろうにねぇ……」
つまらないことを言ってしまった。
「仕事ですから」
「これ、毎日なの?」
「仕事ですから!」
「ここにいると、眠くならないのがフシギなんです」
やはり高校からプロに進んで、“選手生活”は14年。
しかしそのほとんどをファームで過ごし、トレードで転じた先で戦力外通告を受けた時、元いた球団にスカウトとして採用された。
「今年で3年目ですけど、甲子園で寝たこと、一度もないですよ。ずっとこれやってるんですけど」
今日も甲子園のこの席から高校野球を見ることができる。それがうれしいんです。
その顔に書いてあった。
「ここにいると、眠くならないのがフシギなんです」