松山英樹、勝負を決める108mmBACK NUMBER
松山英樹との再会を喜ぶ地元高校生。
全米OPで「ヒデキ優勝できるよね?」
text by
舩越園子Sonoko Funakoshi
photograph bySonoko Funakoshi
posted2017/06/15 11:40
練習ラウンド後に記念撮影する青木功、松山英樹、谷原秀人、宮里優作らを見守るボードボーイのトレイくん。夢のような時間は永遠にも感じたはず。
「僕はヒデキの大ファンだけど、憧れているのは……」
「僕はヒデキの大ファンだけど、僕が憧れているのはスティーブ・ストリッカーです」
トレイくんが、そう言った。ウィスコンシン出身のストリッカーは米ツアー通算12勝の大ベテラン選手だが、数年前に肝臓移植の手術を受けた実兄に寄り添うために試合出場を大幅に削り、「半引退」を宣言。すでに50歳という年齢も影響したのかどうか。今大会直前まで、この全米オープンの出場資格が得られていなかった。
だが、エリンヒルズが全米オープンの開催コースの候補にあがった2007年ごろ、プロとして最初に視察や意見を求められたのは、他のだれでもない、ストリッカーだった。そんな思い出の地でやっぱり戦いたい、故郷ウィスコンシンで初めて開催される全米オープンにやっぱり出場したい。そんな想いに駆られ、地区予選から挑んだストリッカーは、見事、テネシー予選を1位で突破し、エリンヒルズへの切符を手に入れた。
「ストリッカーは僕らのヒーローです。ストリッカーのようなプロゴルファーになるのが僕の理想です」
トレイくんは、一層、笑顔を輝かせた。
ストリッカーと松山、1人の高校生をつなぐ縁。
トレイくんのみならず、地元のゴルフファン、地元の人々から慕われているストリッカーは、開幕前の会見で、こんな思い出を明かした。
「僕の記憶が正しければ、僕が初めて出た全米オープンはバルタスロールでリー・ジャンセンが勝った大会。金曜日の夕暮れに僕はリーのフィニッシュをドキドキしながら待っていた。リーが最終ホールでバーディーを取ると、僕と他の数人がノックアウトされて予選落ちになる状況だった。結果的に僕は予選通過できたんだけどね」
誰にも遠い昔に抱いた憧れがあり、目標や理想があり、その一方で厳しい現実がある。
バルタスロールの全米オープンでジャンセンからストリッカーへ伝えられたものは、ストリッカーの故郷ウィスコンシンでストリッカーから高校生のトレイくんらへと伝えられ、そのトレイくんはストリッカーに憧憬の念を抱きつつ、ウィスコンシン州内のウィッスリング・ストレイツで見た松山のスイングに魅せられ、同じ州内のエリンヒルズで松山に“再会”した。そして、松山のスイングを身に付けようと現実の中の目標に挑んでいる。
それは、いわば憧れのリレーであり、そのリレーの中に日本人選手の松山がしっかり存在していることが、なんともうれしい。