Number ExBACK NUMBER
「絶体絶命」からの劇的なV9防衛達成。
山中慎介が語ったモレノ戦の“冷静”。
text by
Number編集部Sports Graphic Number
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2015/12/11 14:50
山中は前WBAバンタム級スーパー王者のモレノを下しV9。防衛回数は国内歴代4位となった。
9回、モレノの右フックが炸裂!
最後はきっと“神の左”で胸のすくようなKOを見せてくれる――。
山中に託された観客の祈りはしかし、間もなく悲痛な叫びに変わった。9ラウンド、モレノの右フックを顔面にもろに食らい、膝が揺れたのだ。本人いわく「絶体絶命」のピンチだった。
会場は、王者の背中を支えられると信じているかのような耳をつんざく大声援で埋め尽くされている。観客の声にこれほどの“意志”を感じたのは2014年4月の大阪城ホール、長谷川穂積が引退覚悟で臨んだタイトルマッチ以来だった。
10、11、12ラウンド。山中は吹っ切れたように攻め続けた。そして2-1のスプリットディシジョンで辛くも王座防衛を果たす。思い返すだけでも疲労を覚えるほどの試合を山中は戦い抜いた。
終盤の攻撃の間、常に冷静だった頭の中。
「どのラウンドに何があったか、細かくは覚えてないんですよ」
そんな言葉とは裏腹に、インタビューに応じる山中は雄弁だった。リングで対峙しジャブを交わし合った時のモレノの印象、攻勢をかけられポイントを奪われた中盤、土壇場に立たされた9ラウンド、そして最終盤の逆転劇。それぞれの場面でどんなことを考えて拳を繰り出し、苦闘の中から何を得たのか。本人の口から語られる思いを知るにつけ、あの一戦にまた異なった彩りが加えられていくことを感じずにはいられなかった。
山中は、挽回を期して強引なまでに攻めた終盤を振り返り、こう言った。
「ギリギリではありましたけど、頭が熱くなってるという感覚はなかった。自分のボクシングで、熱くなっていいことは何もないというのも分かってますし……」
攻めなければベルトを失う。そんな危機的な状況下でも我を失うことなく冷静さを保てていた。次の証言もそれを裏付ける。
「9ラウンドが終わったインターバルの時、ポイントの計算をしてました。8ラウンドの時点で2人はドローをつけていた。9ラウンドは取られたとしても、残り3つ取り返せば逆転できる、と」
冷静な判断と12ラウンドを戦い抜く体力が少しでも欠けていれば、逆の結果が出ていたことだろう。それでも苦しみながら勝利したからこそ、山中には次の舞台に挑む権利が与えられる。
2016年、その舞台はどこに設えられ、どんな相手と闘うのか。“神の左”を持つ王者の歩みに、いっそうの注目と期待が集まっている。