南ア・ワールドカップ通信BACK NUMBER
アッパレ! サムライ・ジャッジ。
南アW杯で名を上げた西村雄一審判。
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph byLatin Content/Getty Images
posted2010/07/13 11:30
「死ねと言った審判」として噂が独り歩きしていった。
選手からの申し出により、大分はこの件について日本サッカー協会審判委員会に抗議文を送付し、JリーグやJFAが調査に乗り出した。西村氏が発したのは「うるさい。黙ってプレーして」という言葉。JFAは「主審の主張を認めるものの、当該選手の主張も否定はしない」とし、どちらにも処分は下されなかった。
けれどもやはり風当たりは強かった。
「死ねと言った審判」と事実でないことが独り歩きし、色眼鏡で見られるようにもなってしまっていた。
日本では、審判を取材する機会がほとんどない。
Jリーグのシーズンが開幕する前に、公開トレーニングが行われるのと、レフェリングの指針を知らせるためのメディア説明会が行われる程度である。
こうしたことから、筆者が西村氏(をはじめとするJリーグ審判)に抱いていた印象は、対話を好まない、まるでマシンのような審判像だった。
「僕はいつも選手の良さが出るような笛を吹きたい」
ところがFIFAが用意した公開トレーニングの取材に2度行っただけで、すっかり印象は逆転してしまった。
2度目に取材に行ったのは、7月10日。スペイン-オランダが対戦する決勝戦の第4審判に選ばれ、“日本人初のファイナリスト”となることが決まったときだった。
「日本サッカー界全体が頑張ってきた結果、FIFAが与えてくれた大きな機会。それをかみしめて頑張りたい。スペインもオランダも大会中に実際にレフェリングしているので、両チームの良さが出るような試合になればいいなと思っている。僕はいつも選手の良さが出るような笛を吹きたいと思っている」
長時間に及ぶ取材に、西村氏はずっと立ったまま気さくに応じ続けた。FIFAができるのだから、日本でもシーズン前だけに限定せず、定期的に審判の公開トレーニングをやればいいのだ。
「死ねと言った審判」から「微笑みの審判」へ。
今大会では、西村氏がピッチで見せる柔和な表情が評判を呼んだ。
印象的だったのはオランダ-ブラジル戦の後半31分。オーイェルのファウルに対し、イエローカードと間違えてレッドカードを出しそうになり、苦笑いをしながらイエローカードを出し直した場面だ。
この場面のみならず、西村氏は時に笑みを見せてゲームをコントロールするという手法を取っている。
「そこは各レフェリーの個性。僕は厳しさが足りないのかもしれないけど、僕の柔らかさを他のレフェリーが(自国に)持ち帰るのもあるかな」
今や世界のサッカー関係者から「微笑みの審判」として知られるようになった西村氏。最後は日本人メディア全員と握手して別れた。手にはぬくもりがあった。考えてみれば当たり前のことだった。