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<北京の熱投から4年> 上野由岐子 「やっぱりソフトボールしかないのかなって」 

text by

矢崎良一

矢崎良一Ryoichi Yazaki

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photograph byMutsumi Tabuchi

posted2012/09/06 06:01

<北京の熱投から4年> 上野由岐子 「やっぱりソフトボールしかないのかなって」<Number Web> photograph by Mutsumi Tabuchi

母親から言われた言葉で、腹をくくることができた。

 あの(代表を辞退していた)2年間に、気持ちの整理が出来たことが自分の中では大きかったんです。プレッシャーとか責任感とか、いろんなものから解放されて、自分のやりたいことをやれたことによって、まだ自分はソフトボールが出来るな、したいな、これしかないんだな、って気持ちになれましたから。

 ちょうどその悩んでいた時期、母親から言われた言葉があったんです。「今、子供たちは上野由岐子を憧れの目で見ている。もう、あなたはスターなんだから。自分の立場を忘れちゃいけないよ」って。あの言葉は本当に大きかった。腹がくくれました。

「たかが金メダル」という気持ちから、責任を背負う心の変化。

上野由岐子 Yukiko Ueno
1982年7月22日、福岡県生まれ。九州女子高校時代に世界ジュニア選手権で優勝。'01年日立高崎(現ルネサスエレクトロニクス高崎)入社。'04年アテネ五輪で銅メダル。'08年北京五輪ではエースとして金メダル。今年7月の世界選手権で米国を破り、42年ぶりに優勝。173cm、72kg。 

 自分の中では、「たかが金メダル」だったんです。もちろん目標にしていたし、「世界一」という称号がもらえる大きな舞台だったけど、獲ってしまった自分にとっては、もう「たかが」でした。金メダルを獲ったことよりも、その目標としていた位置に立てたことのほうが自分の中では価値があった。

 だけど、それを周りから自分のイメージ以上に評価されていることにすごい戸惑いがあって。取材も自分のところにばかり殺到して、「ソフトボールって個人競技じゃないのに」って思ってましたから。「他の選手のところにもっと行ってよ」って(笑)。

 金メダルを獲ることって、こんなにも凄いことだったんだ。自分が金メダリストになったという現実を、受け止めなきゃいけないんだ、と。わかってはいたけど、拒んでいた自分がいて。それが、あの母の言葉で、言い方は悪いけど、「もう私は特別なんだ」という、自分の感情とは別に、そういう責任のようなものを背負っていかなきゃいけないんだという覚悟というか、心の準備をしましたね。

楽しんで、そして金メダリストの自覚を持ってソフトボールに打ち込む上野。
7月に行われた世界選手権では、4年前以上の熱投で日本を優勝に導いた。
久々に味わった満足感とともに、五輪復帰を目指す競技への想いを口にする。
そして30歳を迎えた彼女は、今後のキャリアについても切り出した。
つづきは、雑誌「Number」811号、もしくはNumberモバイルでお読みください。
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