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一か八かの“秘策”に賭けた可夢偉。
「F1て、こんなに壊れますか?」
text by
西山平夫Hirao Nishiyama
photograph byHiroshi Kaneko
posted2010/05/22 08:00
無念のリタイヤでコースマーシャルに運ばれていく可夢偉。資金面で苦戦しているチーム内では不協和音も聞こえてきており、完走さえできないマシンに可夢偉も苛立ちがつのるばかりだ
「モナコは抜けないコースやから、タイヤの使い方、ピットイン戦略が大事になる。ボクの中にはスペシャルがあるんですけど、チームがそれを認めてくれるかどうか」
モナコでの走行初日が終わった後、小林可夢偉はちょっといたずらっぽい顔でそうTVインタビューに応えた。聞き手が「スペシャルって何ですか?」と訊ねると「それは言えないですね。それを言ったらスペシャルじゃなくなってしまう。それ(スペシャル策遂行)をやったら、ボクの中ではチャンスがあるんですよ」と、最初は笑いながら、最後はやや真剣な表情で可夢偉は言った。スペシャルとはいったいなんだろうか?
1週間前の第5戦スペインGPで今季初完走(12位)を果たした可夢偉。その勢いを加速するためのグランプリとしては、モナコはマシンとコースの相性が良くなかった。スペインですでに露呈されてしまったことなのだが、ザウバーのマシンは低速コーナーがとにかく遅い。スペインGPの行われたバルセロナのコースはザウバー得意の高速タイプのレイアウトだから、低速コーナーで劣勢でも得意コーナーとの“相殺”で少しオツリが来るくらいだった。しかし低速コーナーだらけのモナコとなると、これはもう手も足も出ない。しかしと言うか、だからと言うべきか……その致命傷を隠す秘策を可夢偉は考えているというのだ。それがモナコ初日の含みを持たせた発言となった。
不発に終わった可夢偉の秘策とは何だったのか?
予選は可夢偉の予想通り「キビシイ」ものとなり、アロンソの予選不参加の追い風を受けてもなお16位。予選終了後“取って置きのスペシャル策”への質問が飛ぶ。ところが可夢偉は手の内は明かしたものの、その遂行は不可能という。
「ワンラップ目にピットインしてタイヤを換えるのがスペシャルやったけど、予選が12位くらいやないと使えないですよ。前に出た者勝ちやからこれしかないけど、この予選結果では無理」
これは今年のタイヤ・レギュレーションとタイヤの種類、そしてモナコというコースの特殊性に絡む話でやや複雑な内容になる。なるべく簡単に説明すると……モナコに持ち込まれたブリヂストン・タイヤは最もソフトなスーパーソフトと、やや硬いミディアムの2種類がある。前者は温まりが早くグリップはいいものの、フルラップ78周で最高30周くらいしか持たない。いっぽう、ミディアムの方は走り出して3周ほど温まりに時間がかかるが、78周以上の寿命がある。そしてレース中必ずこの2種類のタイヤを使わなければならない規則になっている。可夢偉のスペシャル戦略はスーパーソフトを履いてスタートを切り、ピットイン。1周でスーパーソフトを履き捨てミディアムに交換。後方転落は覚悟の上。レースが進んで中団のドライバーがピットインするにつれ自然に自分のポジションが上がるという寸法だ。
最初の秘策は予選順位が悪くなり放棄せざるを得なかった。
しかし、予選で最後尾あたりまで落ちてしまうと、前がヒスパニア・レーシング、ヴァージンという弱小チームだとはいえ追い抜きに時間がかかってしまう。ミディアムの温まりの悪さも影響してくるから、最低でも12位くらいの予選グリッドが欲しかった、というわけだ。12位くらいなら1周目でタイヤ交換しても予選18、19位のロータス勢の後ろあたりで戦線に復帰できる予定だった。
「前がロータスくらいやったらなんとかなる。上の方は20周くらいでピットイン始めるから、それまでに自分がどれだけラップタイムを稼げるかが勝負やった」と、水泡に帰した戦略を語った。