「ボルトはまだその潜在能力を100％発揮してはいない」

　山の麓にある雑草の生い茂るグラウンドで西日を受け、漆黒の体に汗を滴らせながら、ボルトは何本も何本も納得いくまで牽引走を行った。ミルズの「OK」が出なければ翌日も、その翌日も同じ練習をすることになる。

「絶対に負けない」

　ミルズと意地のぶつかり合いになる日もあった。潜在能力だけで走ってきた男が、欲しいものを手に入れるためにがむしゃらに自分を追い込んだ。頬が削げ、一段と精悍な顔立ちになったボルトは、'08年シーズン前こう話した。

「オレは、去年とは違うんだ」

　そして100ｍ挑戦を公式に宣言。北京、ベルリンでの異次元の走りはこうして生まれた。

　ミルズは話す。

「ボルトはまだその潜在能力を100％発揮してはいない」

　それが本当ならば、我々は再び、ボルトの起こす奇跡に立ち会えるはずだ。