Column from SpainBACK NUMBER
バルサの「4番」問題。
text by
鈴井智彦Tomohiko Suzui
photograph byTomohiko Suzui
posted2006/09/12 00:00
第一印象は、汚い奴ら、だった。いまもセビージャにはダーティなイメージがつきまとう。ヒーローものでいえば、バルサは仮面ライダーでセビージャはショッカー。だから正義=仮面ライダーは勝つはず(ショッカーさん、すみません)。しかしショッカーは、いやセビージャは、汚いだけでなく華麗でもあった。
8月25日に行われたUEFAスーパーカップで、FCバルセロナはセビージャに負けた。それも、3発ぶち込まれての完敗だ。唖然。あんなボロ負けを食らったバルサを見たのは何年ぶりのことか。昨シーズンではあり得なかった。どうも納得がいかない。いくわけがない。だってチャンピオンなんだもん……。
かつてエリートのレアル・マドリーがなぜあそこまで落ちぶれたか。まぁ、身から出た錆。だから、フットボールが足し算ではないのは十分承知していたけど、資金も戦力も圧倒しているバルサがセビージャに手も足も出せなかったなんて(負けてもいいから手ぐらいだせよ)。
クライフの言葉を借りれば、「フィジカル・ブロック」だった。選手たちは身体が動かなかった。なるほど。さらには、荒いセビージャの「削り」が襲いかかってきた。でも、本当にそれだけだろうか?
そもそも、バルサは高をくくっていた。強者の悪い癖。開始早々の7分に先制されたバルサだが、それでもまだ余裕はあった。ま、始まったばかりやし、と。スロー・スターターはいつものことだから同点になるのも時間の問題だと思っていた。それが甘ちゃんだった、と気づいたときには2点目を失った。
試合のアタマとケツ。もっとも、ゴールが生まれる時間帯。前後半で4度訪れる魔の時間にバルサは3ゴール失っている。客観的な事実だけをいえば、バルサは集中力もなかった。確かにクライフのいうコンディション不足という言い逃れもある。ほんの数日前にエスパニョールとのスペイン・スーパーカップ2試合に、バイエルンとのガンペール杯をこなしていたハードスケジュールは否めない。ただ、セビージャがかなり前からバルサ戦に照準をあわせてきているのは分かっていた。やはり、見くびっていたということになる。UEFAスーパーカップも、開幕前の数あるうちの1試合だと。セビージャなら、いいかと。どれもこれも結果論だけど、バルサはホントに酷かった。
あんな夜もあるさ。一番は、開き直るのがいい。罪深いのは、選手か監督か。そんな愚問は忘れてしまうがいい。
でも、ひとつだけ気になることがあった。あのポジションは彼がベストなのだろうか、と。その疑問は開幕戦でもチラついた。
アウェー、ヴィーゴでのセルタ戦で、バルサは2つの顔をみせた。前半はまったくセビージャのときと似通っていて、後半も嫌な空気を引きずっていた。セルタに先制点を決められたときには、またか、と。セルタ戦ではロナウジーニョが欠場していたので、失点されたときの不安は一層募った。
身体が動かないと、どうしても頭の回転も鈍くなる。ポジショニングも曖昧だとパスも出せない。ドリブルが増える。中盤で潰される。カウンターを食らう。バルサもありがちなドツボにはまる。こんなとき、ミラン時代のライカールトのような選手がいると助かるんだけど、と思う。
そのバルサの「4番」のポジションは、これまでの定番でいけばマルケスかエジミウソンだ。この日はモッタだった。それがチラついた疑問だ。
ライカールトは攻撃を重視しての、モッタ起用だ。デコ、シャビ、ロナウジーニョとのリズムにはモッタがもっともかみ合う。タッチが柔らかい。けれども、失点は覚悟しなければならない。そう、リスキーなのだ。
この先も、モッタなのだろうか。わからない。でも、続けて欲しい気持ちもある。テュラムをCBにしてマルケスを中盤にあげる考えもある。しかしながら、カペッロのようにエメルソンとディアラという組み合わせは、好きじゃない。固すぎる。そこにライカールトが求めるものが表れる。カペッロとは異なる戦術がある。バルサとレアル、オランダ人とイタリア人の違いがでる。
リスクを背負う仮面ライダー。それもまたバルサの魅力なのである。