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キミ・ライコネン No.1パフォーマーの蹉跌。 

text by

今宮純

今宮純Jun Imamiya

PROFILE

posted2005/09/29 00:00

 彼は瞬きをしない。普段からそうだ。きっとコーナーと対峙している瞬間は、ヘルメットのバイザーの奥から何もかもすべて見逃さずに走っているのだろう。

 キミ・ライコネンのセンチメートル単位の精確なコーナリングライン。サーキットでそれはスタートからゴールまで、きれいな一本の線のように保たれる。

 「す、滑ったぁ」

 中継のさなか、思わず叫びをあげた第12戦ドイツGP。公式予選18番目のアタッカーだったライコネンは、ホッケンハイム・サーキット最後のコーナーで姿勢を乱した。激しくテールスライドするマクラーレンMP4-20。オーバースピードで進入したように見えた。

 この予選が始まる前、僕は最後のフリー走行を最終コーナーの内側に立って“定点観測”していた。ライコネンはセットアップを進めてゆき、トップタイム1分14秒128を刻んで、チームメイトのモントーヤとポイントリーダーのアロンソを上回った。中速複合コーナーがうねるように続くスタジアムセクションで、ライコネンはまさに流れるような彼だけのきれいなラインを毎周キープしていた。

 すでにポールポジションは間違いないと思えた。誰よりも遅くブレーキをかけ、誰よりも早くアクセルを開けていた。視覚的に5mもそのポイントが違って見えたくらいだ。コース脇にいるとそうしたマシンの動きの違いが見てとれる。スポーツはなんでも近づけば近づくほどリアルだ。

 ライコネンはスピンを止めた──。脊髄反射とでも言おうか、横滑りするマシンに必要最小限のカウンターステアを一瞬あて(大きく逆ハンドルを切ったら却ってバランスを崩す)、自分のレコードラインよりもやや外に膨らんだものの見事に切り抜けていった。そしてコントロールラインを通過。1分14秒320で今年4回目のポールポジションを決めた。個人的には今年ベストの予選に挙げたい。

 いまのライコネンの流れるようなドライビングは、マシンを完全に信頼しきっているからできるものだ。低速コーナーも高速コーナーもストレートも、公道コースも新コースも、彼と彼のMP4-20にはウィークポイントがない。しかし、同じマシンに乗るモントーヤはセッティングの方向性からして迷いがある。初日、初走行からスパッとタイムを出しきれないのだ。走り出しと走り終わりに見る二人の差。トルコとベルギーのレース終盤にモントーヤは不用意なアクシデントを犯した。争う必要がない周回遅れとの絡み合いだ。最速マシンを最速ドライブするための集中力、持久力においても、僕はライコネンを評価する。

 ライコネンは言う。

 「今年新しいレギュレーションになったことによって、そんなに大きく走りが変わったなんてことはないね。MP4-20はすごくいいマシンだから。時々セットアップがうまくいかないときもあるけど、いままでほどではない。メルセデス・エンジンも今年はすごくパワーアップされていて、いまは全車のなかで一番パワフルになった。この“パッケージ”がとてもいいんだ」

(以下、Number637号へ)

キミ・ライコネン

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