「カミュ・ナポレオンをキープして、『今日のバッティングは良かったね』とかなんとか言いながら聞き出すわけです。普段は東北人らしく寡黙な落合ですが、飲ませると饒舌になる。酒が入ると、思っていることを吐き出してくれました。そういう“取材”を1年間続けて、落合のバッティングを理解していったのです」

　広野がグラスを傾けながら聞いた話題は多岐に渡った。

「フリーバッティングで緩い球を打つのはなぜかと聞いたときは、『角度とポイントを確かめるため』だと落合は答えました。速い球だと反射で打つから、インパクトの瞬間が見えない。落合は緩い球を打つことで、どの角度で打つとどこにボールが飛ぶかを確認していたそうです。この角度でバットが入ればサード、ここならセンターという具合で確認するためには、あれ以上のスピードになると無理だと。『反射と反動で、やみくもに打つだけではバッティング技術は上がらない。あれは技術をつけるための練習なんですよ』と、こう言われたら、こちらも疑問氷解です」

1985年、セ・パそれぞれで三冠王を獲得したランディ・バースと落合博満　©BUNGEISHUNJU

「僕はピッチャーを絶対信用しない」

　また、落合のバッティングの大きな特徴であるアウトステップの理由も広野は聞いた。

「アウトステップで打つのは、防衛本能なんだと落合は言いました。『広野さん、みんなピッチャーを信用しすぎですよ。僕は頭付近に何回も食らっているから絶対信用しない。ピッチャーは、まともにベースの上だけに投げるもんじゃないんです。頭に食らったら商売上がったりですからね。必ず来るもんだと思っているから、自然とアウトステップになるんです』と教えてくれました」

写真は巨人時代。斎藤隆（横浜）のデッドボールに怒り、ヘルメットを叩きつける落合博満（当時40歳）　©KYODO

　死球以外でも落合はインコースへの意識を欠かさなかった。広野はそれまでの常識だった「アウトコースへの目付け」について、落合の意見を聞いたという。

「落合は『自分は全然違います。インハイを常に目付けしています』と言いました。いわく、体の近く、特にインハイは速い球に対して最もバットを出しづらいため、そこに合わせて準備と意識をしておくのだそう。また、『僕は右ピッチャーは全然平気だけど、左でインサイドに食い込んでくるのが苦手。インサイドをさばくのも下手。それもあって、目付けをインハイにしている』と言っていましたね。ここまで自分のバッティングや技術の程度を細かく理解して、言語化して、技術を追求している選手はそれまで見たことがありませんでした」

　広野が受けた落合の“コーチング”は、技術面に限らない。続きでは落合が三冠王をとるために取り組んだ“猛練習”を紹介したい。

＜続く＞