2日前に「私に負けているようでは、日本のマラソンは暗黒期に入ると思う」と川内が口にした真意は、こんなところにある。大胆な大逃げは後進への強烈なメッセージでもあった。

　前回のMGCでは設楽悠太が、やはり独走劇を繰り広げたが、結局37km付近で吸収されると、後退し14位でレースを終えている。だが、今回の川内は違った。35.2kmで大迫らの集団に追いつかれた後も、先頭集団に食らいついた。

「集団には強い選手がまだいっぱいいたし、自分はここまで引っ張ってきたので、誰かが仕掛けるまでは体力を回復しようと思って付いて行った」

独走は35km付近まで続いた。一度追いつかれてからの粘りも川内の真骨頂だった　©Itaru Chiba

　川内はこう言ってのけるが、驚異の粘りと言っていい。7人だった集団が38kmで4人に絞られても、川内が遅れをとることはなかった。実は、川内は胸の内で密かな思いを抱いていた。

「大迫選手にマラソンで1回も勝ったことがないんです。周りには言っていなかったんですけど、今回のレースの目標は、パリ（五輪）よりも何よりも、大迫選手に勝ちたいと思っていました」

　その絶好のチャンス。最後は大迫と壮絶な3位争いを繰り広げた。

　離されても再び追いつく。しかし、川内も健闘を見せたが、大迫の執念が勝った。国立競技場に戻ってきた時には大迫に突き放されていた。

最後の最後で大迫に突き放され、天を仰ぎながらゴールする川内　©Asami Enomoto

大迫とは7秒差決着…「最後は思いの差が出た」

「最後は地力の差というか、思いの差ですかね。私は35kmまで先頭を引っ張って、そこでやや満足する部分があった。大迫選手は最後までパリを見据えて2位を狙っていたと思う。その思いの差が出ちゃったと思っています」

　結局、川内は2時間9分18秒で4位。大迫には7秒差で敗れ、パリ五輪には12秒届かなかった。

　だが、勝負に敗れても、走り終えた川内は充足感に浸っているように見えた。いつも以上に饒舌だったのが、それを物語る。

「本当に楽しかったですね」

　その一言は、誰よりも爪痕を残した男の、紛れもない本音だっただろう。