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WBC優勝投手コーチが「ある投手の野球人生を狂わせてしまった」と悔やんだ日…ロッテ吉井理人監督「アドバイスは邪魔なもの」と記した真意

posted2023/04/30 11:00

 
WBC優勝投手コーチが「ある投手の野球人生を狂わせてしまった」と悔やんだ日…ロッテ吉井理人監督「アドバイスは邪魔なもの」と記した真意<Number Web> photograph by Naoya Sanuki

WBC優勝時、ロッテでは監督と選手の関係である吉井理人コーチと佐々木朗希。名コーチでありながら過去に“ある投手”への後悔があったという

text by

吉井理人

吉井理人Masato Yoshii

PROFILE

photograph by

Naoya Sanuki

 WBC侍ジャパンで投手コーチとして世界一を経験し、千葉ロッテの監督を務める吉井理人氏。ダルビッシュ有や佐々木朗希、大谷翔平らといった才能を見つめてきた中で、どうすれば相手のモチベーションを高め、能力を引き出し、高い成果を挙げ、メンバーを成長させることができるのか――その考えをまとめた著書『最高のコーチは、教えない。』(ディスカヴァー)より書籍を一部転載します(全3回の1回目/#2#3も)

 僕が二軍のコーチをしているときの話だ。

 球が速く、調子が良ければものすごい球を投げる抑えのピッチャーがいた。しかし、彼は身体の使い方が決して上手ではなく、魚が陸に打ち上げられたときのように、ピチピチと跳ねているような力みがあった。力のコントロールなど巧みにできるはずもなく、常に全力投球しかできない。

 試合では、マウンドで力むと急にストライクが取れなくなり、安定感はまったくない。その姿を見て、僕は自分の経験から、この投手は二割ぐらい力を抜けばうまくいくのではないかと想像した。

「60くらいの力で投げれば」のアドバイスが…

「あのさ、もうちょっと力を抜いたほうがいいんじゃないか? マウンドに上がったおまえは120の力が出てしまう。60ぐらいの力で投げればちょうど100ぐらいになっていい具合になるだろうから、一度そんな感覚で投げてみな」

 その選手も、力んでしまう自分の欠点を自覚していたので、納得した。

「そうですね。僕もそう思っていました。やってみます」

 そう言って練習に戻ったが、見ていると30ぐらいの力で投げている。練習だから30ぐらいの力でもいい、試合になればどうしても力が入るものだから、ちょうど良くなるだろうと思っていた。

 ところが、試合でも30から40の力で投げている。いつもはマックス150キロのスピードが出るストレートが、120キロぐらいしか出ない。たしかに力みはないからストライクゾーンには投げられる。でも、バッターにとっては打ちごろのスピードなので、面白いように打たれる。これはまずい。彼を呼んだ。

「力が入ってないように見えるで。フニャフニャやん。どんな感覚で投げてんの? あれでええんか?」

「はい! メチャメチャいい感じです!」

 いいわけがない。試合後、すぐにビデオを見せた。

「試合では、こんなふうになってんねん」

「えっ?」

 ようやく彼も、自分のピッチングに力が入っていないことに気づいた。

「あのな、おまえにはこのアドバイスは向いてへんから、もうやめよう。明日から、元に戻そうか」

 だが、元に戻そうとしても元に戻らない。ピッチングのときの力加減がわからなくなってしまったのだ。それからは結果が出せず、シーズンが終わるとトレードに出された。移籍先でも一年で解雇され、彼のプロ野球選手としての人生は終わった。

アドバイスは邪魔なものだと肝に銘じる

 僕のアドバイスが、彼の野球人生を狂わせてしまった。コーチとして最低のアドバイスをしたと、反省と焦りが生まれた。彼が球団に戻ってフロントの仕事をするようになったことだけが、不幸中の幸いだった。路頭に迷わなくてほっとしている。

【次ページ】 ダルビッシュとほかの選手の間にある“圧倒的な差”とは

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