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井上尚弥と「150ラウンド以上」実戦した“真面目すぎたボクサー”…今も悔やむ“土下座した最後のスパーリング”「現役17年。彼に生かされた」

posted2022/12/13 17:01

 
井上尚弥と「150ラウンド以上」実戦した“真面目すぎたボクサー”…今も悔やむ“土下座した最後のスパーリング”「現役17年。彼に生かされた」<Number Web> photograph by Masakazu Yoshiba

「怪物・井上尚弥と最も拳を交えた男」黒田雅之。今年現役引退を発表した

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森合正範

森合正範Masanori Moriai

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Masakazu Yoshiba

誰もが恐れるモンスターにも望んで立ち向かった。プロテストの相手役に始まり、試合以上のリスクを伴う150ラウンド以上のスパーリング。井上尚弥の成長を誰よりも近くで感じ、自らも世界の頂を目指した貴重な時間は、彼の人生に何をもたらしたのか。元日本フライ級王者・黒田雅之を描いた【ノンフィクション】怪物と最も拳を交えた男(Sports Graphic Number1053号/2022年6月16日発売)を特別に無料公開します(全2回の後編/前編へ)。

「鼻のところ、骨が折れているよ」

 井上が2階級上げ、WBO世界スーパーフライ級王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)を倒した頃、強さのレベルが急カーブで上がっていくのを黒田は感じた。左フックを浴び、ヘッドギア上部の革が引きちぎれた。目の上をカットすることもあった。だが、めげない。計150ラウンド以上で一度もダウンを喫したことはなかった。いつしか大橋から「黒田君が尚弥と一番やっているよ」と言われるようになっていた。

 大橋ジムでの練習は伸び悩む黒田を高めていく。井上の速いテンポに対応しながら一瞬一瞬の状況判断ができるようになった。試合の方がゆっくりとしたリズムに感じ、打ち合いでも冷静に次のパンチをイメージできる。

 井上が既に世界王座を4度防衛していた'17年2月。黒田は日本フライ級暫定王座決定戦でユータ松尾を破り、日本2階級制覇チャンピオンとなった。

 井上がバンタム級に上げると、パワーの差が歴然となり、スパーリングはめっきり減った。新田は慎重になり、黒田も「もうそろそろ」と思うようになった。

 日本フライ級王座の防衛を4度重ね、'19年5月、6年ぶりとなる世界挑戦にたどり着く。試合2カ月前、久しぶりに井上と手合わせした。

「これ以上強い相手はいないから大丈夫。もう怖いものはない」

 自らを鼓舞してIBF世界フライ級王者モルティ・ムザラネ(南アフリカ)に挑んだが判定負け。試合後、病院でMRI検査をした。画像を見ながら医師から告げられる。

「鼻のところ、骨が折れているよ。もうくっついちゃっているけど」

 黒田には思い当たることがあった。約4年前、井上がスーパーフライ級に上げた頃のスパーリング。鼻の上部に強烈な痛みを感じた。病院に行かず、少し変形した鼻のまま生活し、練習に打ち込んでいたのだ。

 やはり、世界チャンピオンの座は諦められなかった。再起を決めた'20年秋、しばらくぶりに大橋ジムに足を向けた。井上は米ラスベガスでのWBA、IBFバンタム級王座の防衛戦を1カ月後に控え、黒田も2カ月後に再起戦が決まっていた。

【次ページ】 井上と「最後のスパーリング」で…

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