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“ミスジャッジ”やSNS炎上に追い込まれても中国スノーボード界史上初の快挙…佐藤康弘コーチを悩ませた“NOと言えない中国人”問題 

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雨宮圭吾

雨宮圭吾Keigo Amemiya

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photograph byYasuhiro Sato

posted2022/03/17 11:03

“ミスジャッジ”やSNS炎上に追い込まれても中国スノーボード界史上初の快挙…佐藤康弘コーチを悩ませた“NOと言えない中国人”問題<Number Web> photograph by Yasuhiro Sato

北京五輪の閉会式でシャオミンとともに記念写真に収まった佐藤氏。中国の関係者に請われての名誉ある参加だった

 “NOと言えない中国人“とのジレンマ。指導者としては従順であればありがたいとも言えるはずだが。

「やっぱり危ないんですよ、スノーボードの場合は。もう新しい技ができるからやってみようかという時に、『行ける?』と聞くと、すごくビビっちゃってるんだけど、必ず『行けます!』と言うんですね。本人的に明らかに準備ができていないのに。そうしないとクビになっちゃうんじゃないかという不安があってNOと言えない。年齢の高い子ほど、そんな傾向がありました」

 国家に選抜され、育成されることが宿命である以上、彼らは口が裂けてもNOと言えない。その重たい覚悟は理解できるのだが、指導者としては弱さも知ることで限界を乗り越えさせることができるし、時には寄り添うこともできる。

 その点、シャオミンには子役をするような素地があったし、佐藤が知り合った当時、両親はスノーボードのスクールを主宰していた。先進的な家庭の一面が自主性を育み、成長の一助となった。

「感覚的には、これまでの中国の選手とは違うものがあると思います。俳優経験もあって、より柔軟な考え方を持っている。ただし、3年半でここまで急成長できたのは、先生の言うことをしっかり聞いて『はい!』と言う文化のおかげでもありました。それも彼の中にはある。そこがいい具合に融合した中国の新しい世代の代表が彼なんじゃないかな」

中国からの「LOVE」

 五輪が終わると佐藤の各種SNSには合わせて1万件近い中国からのDMが届いていた。

「日本人の見方が変わりましたと言ってくれる人がものすごく多かったです。これからの社会に対しても、何かいいものが生まれたんじゃないかと感じています。キーワードはやっぱり『LOVE』だとみんな掲げてくれてます(笑)。そういうことを感じてもらえたなら、14歳のシャオミンと話していた、『2人で日中の架け橋になる』という目標が達成できつつあるのかなと思います」

 佐藤は今届いたメッセージ一件一件に返事をしているという。《佐藤先生、見てください。全てのテストに合格しました》と物理や数学のテストの結果を報告してくる人がいたら、それにも《やったね!》とレスを返す。

 スマホでコピペして翻訳しながら、地道に丁寧に、愛を込めて――。

「そういうところからかなと思うんです」

 今ならきっと、あのスーパーのレジのおばちゃんもこう言うだろう。

「あなた、いい先生を持ったわね」と。

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「日本人と一緒で大丈夫?」差別を乗り越え、中国代表シャオミンを金メダルに導いたスノーボードコーチ・佐藤康弘の“信念”とは

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