オリンピック4位という人生BACK NUMBER
<オリンピック4位という人生(14)>
ロンドン五輪 サッカー・徳永悠平
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byJMPA
posted2020/08/02 09:00
韓国との3位決定戦に敗れ、味方選手が倒れ込む中、ピッチを後にする徳永悠平。
日韓戦は予想外の展開となった。
ただ決戦の前日。ひとつだけ気になることがあった。ミレニアム・スタジアムのピッチでボールを蹴ったときのことだ。
《初めてのスタジアムだったので前日練習をしたんですが、え? と思いました。ボールがボコボコと弾んでしまうんです》
よく見るといたるところで芝が剥げていた。このスタジアムがラグビーの聖地として造られたことを考えれば、仕方ないのかもしれないが、こんなピッチで自分たちがやってきた速くボールを繋ぐサッカーができるのかという不安がよぎった。だが、それもすぐに「今さらこれまでと違うことはできない。自分たちが貫いてきたことをやるだけだ」という思考に掻き消された。
翌日午後7時45分。照明の下で、メダルをかけた戦いがキックオフされた。開始からわずか30秒のことだった。徳永は背筋に嫌なものを感じた。プレッシャーのないところでボールを受けた韓国の選手が躊躇なく日本陣内へ高々とボールを蹴り込んできたのだ。まるで、この試合はサッカーではなく、肉弾戦なのだと宣言するように……。
《まさかあれほどガンガン蹴って走って、パワープレーに徹してくるとは考えていませんでした。韓国はそれまでボールを繋ぐサッカーをしていたんですが……》
それからボールはほとんどの時間、両軍の頭上を飛び交い、その度に落下点では体と体の衝突が繰り返された。カーディフの荒れたピッチでは、徳永から山口へ、山口から前線へという流れも消されてしまった。
《最初から最後まで、いけるという手応えは、ほとんどありませんでした……》
その果てに日本は2つのゴールを奪われ、敗れた。彼らが積み上げてきたものは発揮されないままゲームは終わった。
敗戦後、徳永だけは異質だった。
タイムアップの瞬間、日本の選手たちはほぼ全員、ピッチに倒れ込んだ。顔を伏せる者。空を見上げる者。それは落胆の表現であると同時に、ここまで駆け上がってきた自分の到達を噛みしめているようにも見えた。つまり個人の時間だった。
ただ、その中で徳永だけは異質だった。ひとり立ち尽くしたまま呆然とピッチを見渡していた。視線の先に自分の内面はなく、ただゲームの勝敗があった。それは集団のためにのみ存在した男の顔だった。