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最も青赤を着た男・徳永悠平の独白。
FC東京との絆、長崎での「やりがい」。

posted2018/03/03 11:30

 
最も青赤を着た男・徳永悠平の独白。FC東京との絆、長崎での「やりがい」。<Number Web> photograph by Getty Images

ロンドン五輪ではオーバーエージとして、いぶし銀の働きを見せた。そのマルチな能力を故郷のために捧げる。

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馬場康平

馬場康平Kouhei Baba

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 コツコツと守り続けてきた男は今年、攻めに転じた――。

 元日本代表DF徳永悠平と、初めて膝をつき合わせて話をしたのは、彼がFC東京に正式に加入した2006年だった。当時は、特別指定選手時代に日本代表DF加地亮を相手に定位置を勝ち取り、鼻息荒くドイツ・ワールドカップ出場を本気で目指していた。

 原博実監督の言葉を借りれば、「ギラギラしていた」。日本人離れしたフィジカルの強さと技術を併せ持ち、将来を嘱望される右サイドバック(SB)だった。

 そんな大物ルーキーは、「何歳まで現役を続けたい?」という質問に答えを詰まらせた。「そうですね……」と言って頭を捻り、言いかけた言葉を引っ込めてさらに間を置いた。結局、絞り出したのは、「いや、30ぐらいまでプレーできればいいッすよ。未来のことなんて正直分からないので」という当時の彼には似つかわしくない回答をした。

城福監督の叱責が響き続けた'08年。

 そこから毎年、コンスタントに試合に出続けてきた。気づけば東京の右SBは、彼の居場所となって10数年が経っていた。「できればいい」と言っていた30歳もあっという間に越え、今年で35歳を迎える。

 驚くべきことに、当時からの経年劣化というべき衰えは少ない。誰もがうらやむ体の強さを保ったまま、むしろ経験という名の味わいのあるプレーやうまさが加わり、渋味が増した。

 思い出されるのは、'08年からの日常だ。FC東京の練習場には、いつも城福浩監督の怒号が響き渡った。はた目にはミスに思えなくてもプレーを止め、淡々とプレーする右SBを叱責し続けた。笛が鳴る度に、「周りを生かす指示がない」、「今のパスには意図がない」、「ポジションの取り直しを2m怠った」と厳しい言葉が並んだ。

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