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甲子園ファンの声援に潜む「残酷さ」。
八戸学院光星は、何と戦ったのか。 

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中村計

中村計Kei Nakamura

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photograph byKyodo News

posted2016/08/23 11:00

甲子園ファンの声援に潜む「残酷さ」。八戸学院光星は、何と戦ったのか。<Number Web> photograph by Kyodo News

今大会最大の逆転劇の犠牲者となった八戸学院光星ナイン。彼らの目に、スタンドはどう映ったのだろうか。

「周りみんなが敵に見えました……」

 記者席の後ろの柵に手をかけた子供2人が手拍子しながら言った。

「こっから逆転したらすごいな」

 この言葉が、ファン心理を象徴していた。

 東邦の森田泰弘監督が振り返る。

「すごい手拍子だった。これに乗って行けそうな気がした」

 東邦の先頭打者がヒットで出塁すると、そこからは薪を次々とくべられた燃え盛る火のように、球場は熱狂の渦と化していく。手拍子だけでなく、ファンはそこかしこでプロ野球の応援のように頭上でタオルを回していた。

 結果を述べると、9回裏、東邦は6安打を集中させ、10-9でサヨナラ勝ちを収めた。ツーアウトとなり切れかけた流れをライト前ヒットでつないだ東邦の5番・小西慶二はこう振り返る。

「自分の力というより、お客さんが打たせてくれた感じ。イヤフォンをつけて、爆音で音楽を聞いてるぐらいの音がした」

 一方、7回からリリーフした八戸学院光星のエース桜井一樹は試合後、うつろな表情でこう声をしぼった。

「周りみんなが敵に見えました……」

ファンはどれほど本気で東邦の勝利を願ったのか。

 甲子園ファンは基本的に判官びいきだ。弱者が強者を打ち負かすドラマを見たいという気持ちは理解できる。だから、公立校の佐賀北の背中を押そうとしたことも、未だ全国優勝の経験がない新潟勢の日本文理に肩入れしたのも、少なからず気持ちを重ね合わせることができた。

 しかし東邦は、野球王国・愛知の、しかも全国優勝4回を誇る強豪中の強豪である。強豪だから熱狂的な声援を送っていけないわけではもちろんない。また、球場のファンを味方につけたからといって、どのチームも逆転できるわけではない。やはり、土壇場であれだけの集中打が出た東邦がすごいのだ。

 ただ、あれだけのムードになった必然性に乏しく、不自然さを覚えたことは確かだった。

 ファンはいったいどこまでこのカードに注視し、どれほどまで本気で東邦の勝利を願っていたのだろう。

【次ページ】 群集心理が暴走するのは「悪ノリ」では。

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