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稀勢の里は笑わない。
白鵬に応えた言葉の背景とは。
posted2016/06/02 11:10
text by
佐藤祥子Shoko Sato
photograph by
Kyodo News
「自分は力士として生きているから、土俵上でしか表現できない。結果を残していないから。結果を残して、しっかりやることが自分の使命」と孤高の大関は答えた。
それは五月場所13日目、互いに全勝で迎えた大一番を制した白鵬の、こんな言葉に向けての答えだった。
「(稀勢の里には)何かが足りないんだろうね。横綱白鵬を倒すには、日頃の行いが良くなければ」
その深意を、優勝一夜明け会見で白鵬がさらに明かした。「改めて、稀勢の里に足りないものは?」との問いに、「たとえば、たとえばですよ」と前置きし、今年初場所前、『ハッキヨイ! 大相撲 ひよの山かぞえ歌』を力士会がファン向けに収録し、その動画を配信した際の、稀勢の里の振る舞いを一例に挙げた。
関取たちがこぞってにこやかに歌っているなか、稀勢の里だけに笑顔はなく、「仏頂面」で画面に収まっている。配信当時、ファンの間では「つまらなそう(笑)。稀勢の里らしい!」との好意的なコメントも飛び交ってはいたものの、力士会会長でもあった白鵬は、これに物言いを付けたのだった。
稀勢の里の、稀勢の里たる所以。
そのほか、社会貢献として、子どもたちの相撲大会などに参加し、触れ合ってアドバイスをするようなことも大事なのではないか――と持論を展開した。「相撲一筋ではなく、心の余裕を持ち、視野を拡げることも大切なのでは」との、大横綱なりの提言だった。
しかし、冒頭の稀勢の里の言葉こそが、まさに稀勢の里たる所以なのだ。
それまで野球少年だった稀勢の里は、相撲経験もないままに15歳で角界に飛び込む。師匠は元横綱隆の里、故先々代鳴戸親方だ。「土俵の鬼」といわれた初代若乃花の薫陶を受け、角界のなかでも、語り草になるほどに厳しい師匠だった。
早朝から午後まで延々と続く猛稽古。ちゃんこにこだわる師匠が納得できるまでに何度も作り直し、うどんもラーメンも、麺から力士たちが打つほどだった。そして「力士同士の馴れ合いを防ぐためにも、安易な出稽古は禁止とされていた」とも言われる。