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相馬野馬追を支える地元の馬事文化。
4年間で取り戻したもの、戻らぬもの。 

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島田明宏

島田明宏Akihiro Shimada

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photograph byAkihiro Shimada

posted2015/08/01 11:00

相馬野馬追を支える地元の馬事文化。4年間で取り戻したもの、戻らぬもの。<Number Web> photograph by Akihiro Shimada

甲冑競馬では、中之郷の騎馬武者、西勝正氏が騎乗したハギノコメントが逃げ切った。現在は南相馬市に繋養されているという。

 千年以上の伝統を誇る、世界最大級の馬の祭「相馬野馬追」を、今年も見てきた。

 舞台は、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故の被災地となった福島県相馬市と南相馬市。7月25日(土)から27日(月)まで3日間にわたり、勇壮な戦国絵巻が繰りひろげられた。

 呼び物の甲冑競馬と神旗争奪戦が行われた7月26日には、南相馬市原町区の雲雀ヶ原祭場地に過去最多となる約5万2000人が詰めかけた。また、約450騎の騎馬武者が市街地を行軍した甲冑行列を沿道で見た人は、昨年より4000人ほど多い6万3000人にも上った。

 相双地区の「復興のシンボル」とも言われている相馬野馬追。観客数などの数字が示すように、震災前に戻りつつあるところもあれば、まだまだ復興途上と感じるところもまた多かった。

相馬野馬追に参加する馬の大多数は、元競走馬。

 競馬のコラムであるこの稿で相馬野馬追を毎年とり上げているのはなぜかというと、野馬追に参加している馬の大多数が元競走馬だからだ。

 これほど多くの元競走馬が、国の重要無形民俗文化財に指定されているこの祭に参加していることを、私は、震災と原発事故が起きるまで知らなかった。「被災地」「被災者」と同じように、「被災馬」という言葉がメディアにたびたび登場するようになったのは、2011年の4月ごろからだろうか。被災馬が相双地区に集中しているのはなぜか、その理由を調べて、相双地区には、野馬追に出場させるため、犬と同じような感じで飼育されている馬が多いことを知った。

 玄関脇に、車庫にも物置にも見える小屋があり、そこから馬がぬっと顔を覗かせる。ゴールデンウィークあたりから、早朝、蹄がアスファルトを叩く音が響き出す。野馬追に備え、「練馬(れんば)」と呼ばれる調教のため、騎馬武者たちが調教場や浜辺まで一般道を馬で歩くのだ。ボロ(馬糞)が路上にポツン、ポツンとある光景は当たり前……といったように、相双地区には独自の馬事文化が根づいている。

【次ページ】 仕事の納期などにも使われる「野馬追基準」。

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