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<引退した名選手たち> 歩き始めた第2の人生。~朝青龍、清水宏保らの引き際~ 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

PROFILE

photograph byTakuya Sugiyama/Koji Takano(JMPA)/Takao Yamada/KYODO

posted2011/01/07 06:00

2010年に競技生活にピリオドを打ち、“第2の人生”をスタートさせたアスリートたち。左上から時計回りに清水宏保(スピードスケート)、千代大海(大相撲)、大山加奈(バレーボール)、薮恵壹(プロ野球)、内柴正人、谷本歩実(ともに柔道)

2010年に競技生活にピリオドを打ち、“第2の人生”をスタートさせたアスリートたち。左上から時計回りに清水宏保(スピードスケート)、千代大海(大相撲)、大山加奈(バレーボール)、薮恵壹(プロ野球)、内柴正人、谷本歩実(ともに柔道)

アスリートには、次の人生を考える転機が誰にも必ず訪れる。
昨年、現役引退という節目を迎えた選手たちを振り返る。

 かつて、選手から聞いた言葉が心に残っている。

「1日でも気を抜いたら終わりだと思うし、休むことが不安です」

「4年間、競技のことを考えない日は1日もありませんでした」

 第一線にいることは、心身ともにコンディションを高く保ち続けることを意味する。その実践は、想像を絶するエネルギーを要する。

 だがいつかは、体力、気力双方あるいはいずれかへの不安から、選手は舞台を降りる。

 五輪競技の選手の多くは、オリンピックを基準に競技人生を組み立てる。バンクーバー五輪もまた、選手の進退の契機となった。

 オリンピックで金、銀メダル、4度の世界記録更新。スピードスケート界の英雄、清水宏保はバンクーバーへの出場を逃し引退を決意した。長身選手が有利の短距離で、162cmながら独自の理論の実践で頂点に立った創意工夫こそ、清水の真骨頂である。

「スピードスケートは僕の存在理由でした。今後は、選手たちをサポートする環境づくりができる立場になれれば」

谷本、内柴、谷が去った日本柔道界。

 2010年は日本の柔道界の節目の1年となった。

 アテネ、北京五輪の2大会ですべて一本勝ちで連覇した谷本歩実は、日本の目指す一本を取る柔道を体現した柔道家だった。北京後、次のオリンピックまでの4年間を戦い抜く覚悟が決まらずに悩み続けたが、昨夏、達成感が湧いてきたという。引退発表会見で、「やめた今、したいことは」との質問に答えた。

「柔道がしたいです。今も、すごく柔道が好きです」

 現在は所属のコマツでコーチを務める。

 やはりアテネ、北京と金メダルの内柴正人も終止符を打った。昨春から大学の女子柔道部のコーチを兼任してきた。

「自分の夢を追うのはもういい。自分を信頼してくれる子がいるのに、指導をおろそかにできない。指導者として日本一を目指します」

 今夏に参議院議員選挙に当選した谷亮子は、選手と政治活動の両立を目指したが、「競技より、議員としてスポーツの振興に尽力したいという気持ちのほうが強くなりました」。

 心からの声だったのだろうか。

<次ページへ続く>

【次ページ】 元木由記雄と薮恵壹、朝青龍の引き際。

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