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落合GM&谷繁監督のタッグは、
日本版『マネー・ボール』となるか? 

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鷲田康

鷲田康Yasushi Washida

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photograph byHideki Sugiyama

posted2013/10/12 08:00

落合GM&谷繁監督のタッグは、日本版『マネー・ボール』となるか?<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

2004~2011年の8年間、監督と主戦捕手という立場で4度のリーグ優勝を成し遂げた落合と谷繁。今後は、GMと選手兼任監督という新たな関係でチームの再建を目指す。

『マネー・ボール』は、チーム編成にセイバーメトリクスを導入して、年俸総額27位ながら“常勝チーム”を築き上げたオークランド・アスレチックスのビリー・ビーンGMを描いた野球本のベストセラーである。

 その後、ブラッド・ピット主演で映画にもなったが、原作でも映画でもビリー・ビーンの痛快で破天荒な姿とは裏腹に、当時のアスレチックスを指揮していたアート・ハウ監督の描かれ方は惨めなものだった。

 映画の中では選手起用を巡って対立したハウ監督は、ついにクビを切られるはめになる。

 原作でも似たり寄ったりで、舞台となった2002年のシーズン、アスレチックスはア・リーグ西地区優勝を遂げるもディビジョン・シリーズでミネソタ・ツインズに敗退。ビーンGMはその“憂さ晴らし”のために、「あいつを厄介払いすればせいせいする」とニューヨーク・メッツにハウ監督を売り込み、翌年から年俸200万ドルの5年契約という厚遇で“トレード”をしてしまうわけである。

 断っておくが、ハウ監督は決して切れ者ではなかったかもしれないが、選手の人望も厚く、2000年からは3年連続でポスト・シーズン進出を果たすなどそれなりに結果を残した監督だった。

落合も知っていた『マネー・ボール』。

『マネー・ボール』の中で描かれている監督像というのは、あくまで絶対権力者であるGMの下で、その指令をグラウンドで忠実に執行する役割しか与えられていない。

「選手たちは、グラウンドでも監督ではなくフロントに管理されているような気分だった」

 原作のこんな記述が、ビーンGMの下でのアスレチックスの雰囲気を表しているものと言えるだろう。

「電話で聞いたら落合さんも(『マネー・ボール』のことを)知っていたね」

 こう語ったのは中日の白井文吾オーナー(中日新聞会長)だった。

 中日は今季限りで退任した高木守道監督の後任に、現役の谷繁元信捕手を兼任監督として指名。同時にチ―ム再建の切り札として、前監督の落合博満氏をチーム初のGM職とする人事が発表された。

【次ページ】 「GMっていう手がありますよ」と落合氏からの提案。

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