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<私が山に登る理由> 芸能界随一の登山家・市毛良枝 「自立できたときの喜びはかけがえのないもの」 

text by

秦野邦彦

秦野邦彦Kunihiko Shinno

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photograph byAtsushi Hashimoto

posted2012/07/19 06:00

<私が山に登る理由> 芸能界随一の登山家・市毛良枝 「自立できたときの喜びはかけがえのないもの」<Number Web> photograph by Atsushi Hashimoto
「なぜ、あなたはエベレストを目指すのか」と問われ、「そこに山があるから」と答えたのはイギリスの登山家、ジョージ・マロリー。では、現代の山好きたちはこの深遠なる問いに何と答えるのか。

今回、雑誌Number Do『大人の山登り。~ゼロから楽しむ入門編~』よりお届けするのは、数多の山に足を運ぶ、芸能界きっての登山家・市毛良枝さんの山に登る理由です。

 ヒマラヤ・ヤラピーク登頂や、南アルプス聖岳~荒川岳単独テント泊縦走など数多くの登山経験を持つ市毛良枝さん。山と出会うまでは努力、根性、汗をかくことが大嫌いだった市毛さんをアウトドアへ駆り立てたものとは?

全然関心がなかったのが、最初の登山ではまっちゃいました。

 最初は全然関心なかったんです。私が40歳のとき、たまたま父が救急で入った病院の担当医の先生が山好きで、看病に通うといつも看護婦さんたちと行く山の話を聞かされていたんです。父の他界後挨拶に行き、半分社交辞令みたいに「今度行かれるときは私も誘ってください」と言ったんですけど、いきなり「では、今度の9月の連休はお暇かな?」と聞かれて。どうしようって思ったんですけど、目の前で話している先生はすごく楽しそうだし、これは二度とないチャンスかもしれないって。

 そのときに行った燕岳への登山が、私を山好きにするために誰かが書いたシナリオだったんじゃないかと思うぐらい最高に楽しい時間だったんです。天候も変化に富んでたし、山で起こるあらゆることが私の人間性にすごくフィットして、完全にはまっちゃいました。

 また、一緒に行ったメンバーもよかったんです。それまで芸能界という空気に馴染めない自分がいて、息苦しさを感じることが多かったので、“普通の人”として山の仲間と普通のことを話せるのがすごくしっくりきて。体力や運動能力についても、先生が「結構バランスいいんだね」と褒めてくださったことで少しずつ自信にもつながっていったんです。

 その頃から自分はこうだと思い込んでいたものを一度全部覆して、やりたいことは何でもやっていく人間になっちゃったんですね。自分で可能性を制限していたいままでの人生って、なんて損してたんだろうと。

私にとって、山はそのときの自分との対話なんです。

 山から学ぶことってものすごく多いんです。例えば隊列の組み方ひとつとっても、トップはリーダー、その次に一番力の弱い人、最後は二番目に力のある人っていうのが、ちょっとした不文律なんですよね。すごく理にかなってる。

 私にとって山は、どれもそのとき行った自分との対話なんです。同じ山に登っても毎回違うから飽きない。低くても楽しいし、決して高いから面白いというわけでもない。もちろん富士山は日本の最高峰で素敵な山ですけど、もっといろんな変化に富んで心の底から楽しいと思える山はいくらでもあるのに、どうしてみんな富士山ばかり行くのか。

 私のところにも10年ぐらい前から山なんてまったく関心なさそうな女の子から「富士山行きたいんですけど、どうすればいいでしょうか?」というメールが頻繁に来るからどうしたのかなと思っていると、パワースポットとして流行ってるみたいですね。いつの間にか“山ガール”なんて呼ばれていて、びっくりしています(笑)。

【次ページ】 思い出深いのは、南アルプスでの単独テント泊縦走。

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