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<致命的な欠陥との共存を解析> ウサイン・ボルト 「世界最速が背負う秘密の十字架」
text by
小泉世里子Seriko Koizumi
photograph byTomoki Momozono
posted2012/07/13 06:01
驚愕の告白。「ボルトの体に“障害”さえなければ……」
その話を聞いたのは、あまりに突然のことだった。
2011年秋、私たちはボルトがヨーロッパの拠点としているロンドン郊外の陸上トラックで、ミルズに何度目かのインタビューをしていた。
話題は多岐にわたったが、その時はなぜボルトが100mを走ることに長らく反対し、200mのスペシャリストになるよう説得してきたのかという、これまでも何度も聞かれてきたであろう話をしており、おそらくはメダルが確実な競技に専念させたいという、ミルズのコーチとしての主義に即す結論に着地するはずだった。
「ボルトだって何度も走りたがったんだよ。100mを。俺を困らせないでくれって思ったものさ。そして私自身悩みに悩んだんだ。ボルトの体に“障害”さえなければって……」
ボルトの体に障害――。
それは、つい口が滑ったというにはあまりにお粗末で、まるで喋ることを決めていたかのような口ぶりだった。
努めて平静を装い、もし許されるなら詳しく話してほしいと頼むと、ミルズはこちらが拍子抜けするほどあっけなく話してくれた。それはある意味では、まさに特殊な肉体の秘密に関する話だった。
先天的に曲がっていた背骨。「可哀想だが、100mは走れない」
「ボルトは生まれつき、脊柱側弯症という障害を持っているんだよ。背骨が生まれつき曲がっているのさ。あいつが14歳の時に200mを走るのを初めて見たんだが、それはそれは酷いフォームだった。曲がった背骨が重心を支えられず上体が後ろに大きく傾いていたからね。可哀想だけど100mは走れないなと直感的に思ったよ」
脊柱側弯症。それは背骨が著しく湾曲してしまう障害で、後天的に発症する場合もあるが、ボルトの場合は先天的なもので、その背骨はS字状に大きく曲がっている。
ボルトは16歳の時、度重なる激しい腰痛を訴え、訪れたキングストンの病院でその診断を受けていたのだ。
100mはスタート時、瞬間的に巨大な圧が背中にかかる。その圧に耐えながらも上体を前傾に保ち、速やかに加速していかなくてはならない。曲がった背骨による体幹の筋肉の不均衡は、そうした一連の動きを著しく鈍らせる。それはスプリンターにとって致命的ともいえる欠陥だった。
ミルズが長い間、頑なに100mへの出場に反対してきたのはある意味では正しい判断だったといえるのだ。
それにしても、なぜミルズは守らねばいけないであろう教え子の秘密を私などに話す気になったのだろうか?
一向に結果がでない現状の中で、何かわかりやすい不振の要因を口にだし、ほんの一瞬でもプレッシャーから解放されたくなったのか。連日世界中のメディアに囲まれる2人を遠目に見ながら、ふとそんな思いがよぎった。