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“ホームランバッター版のイチロー”
中村剛也が56本塁打を実現する日。
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byHideki Sugiyama
posted2011/07/27 11:35
大阪桐蔭高時代は1学年下にいた西岡剛より足が速いと言われ、走塁センスも打撃以上に優れていたという中村剛也。昨季は、頬骨骨折や右肘の遊離軟骨除去手術なども経験し、満足な形でのプレーができず、成績を残せなかった
「全打席、全球、ホームランをねらってます」
中村は本塁打王に輝いた'08年(46本)と'09年(48本)は、併せて「三振王」も獲得している。ちなみに打率はそれぞれ2割4分4厘と、2割8分5厘だった。今シーズンは、7月26日現在で2位に9本差の26本でパ・リーグの本塁打王争いでは独走態勢となっているが、両リーグを通じもっとも三振が多く、打率も2割台半ばと低空飛行を続けている。
つまり、中村も遠くへ飛ばすことに自分が持つありとあらゆる能力を集中させるために、それはそれで大きな実になる可能性のあった他の花をあえて摘んでしまったのだ。
中村は、シーズン中も「全打席、全球、ホームランをねらってます」と言ってはばからない。だが、それがいかに難しいことかは、先日のオールスターを見ても明らかだ。中村よりはるかにパワフルな中田が同じ事を実践しようとしたものの、ホームランを打てないばかりか、3試合でヒット2本を打つのが精一杯だった。
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その点では、中村に一日の長がある。中村はオールスター第2戦で、いつも以上にホームランを意識しながらも2本塁打し、見事にMVPを獲得している。
飛ばない新基準のボールも中村には関係なし!
「こんなに振っても芯に当たるってのは滅多にないんですけどね。よく当たりましたね」
中村がこれほどのホームランバッターになれたのは、他の長距離打者のように、パワーを生かすためにスイングをコンパクトにしたからでも、非力さを補うために技術を徹底的に磨いたからでもない。もともとパワーもテクニックもあったにもかかわらず、50本以上のホームランを打つために、その一つの才能を犠牲にする決断をしたからに他ならない。
結果、強く振り、かつ芯に当てるという矛盾した作業を誰よりも高い確率で成功させることのできる、本塁打のスペシャリスト中のスペシャリストが誕生したのだ。
そう考えると、今シーズンから採用された「芯に当たらないと飛ばない」と言われる新基準のボールに各ホームランバッターが頭を悩ませる中、中村ひとりだけが何食わぬ顔をしてホームランを量産している理由もわかるような気がしてくる。