総合格闘技への誘いBACK NUMBER

安全を守るためのジャッジを! 

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石塚隆

石塚隆Takashi Ishizuka

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photograph byToshiya Kondo

posted2006/08/09 00:00

安全を守るためのジャッジを!<Number Web> photograph by Toshiya Kondo

 「おい、選手を殺すつもりか!」

 8月5日、有明コロシアムのバックステージにHERO'Sスーパーバイザーの前田日明の怒号が響きわたる。その真に迫った声の轟きは、会見場にたむろしていた記者にもピリピリと伝わり緊張をうながした。

 理由は明白だ。この日に行なわれた『HERO'Sライトヘビー級王座トーナメント』、メインイベントを飾った桜庭和志VS.ケスタティス・スミルノヴァスのジャッジについて前田は憤っていた。いや、前田だけではないだろう。他の選手たちはもちろん、観客、お茶の間でテレビを見ていた人だって半失神にある桜庭がガードできず殴られるのを見て疑問をもったはずだ。

 試合を止めてもおかしくないケース。年末に格闘技を楽しむ世界のどの国民よりも格闘技に理解のある人たちが観ているのである。誰も文句を言う人はいまい。結果的に桜庭が彼らしい逆転勝利をおさめ会場はやんやの盛り上りを見せていたが、ストーリー的にはOKでも、決して結果オーライとは言いきれない。谷川貞治プロデューサーは総括で「反省する点はある。しかし、レフリーは判断が難しかったんだと思います」と語っているが、桜庭がいくら反撃の予兆を見せていたとしても、あそこは毅然としたジャッジが必要だった。筆者は誤審と確信している。

 サッカーや野球にも誤審はあるじゃないか、という人もいる。しかし、格闘技は他のスポーツとはいささか事情がちがう。試合中、正しいジャッジが迅速に行なわれなければ競技性は一気に失われ、単なる野蛮なだけの“暴力”に成り下がってしまうのだ。そんなモノは見たくはない。加えて、そのバイオレンス性の高さゆえ選手は肉体をひどく傷つけられ、重大な事故が起こってしまう可能性もある。仮に今回のような流れで死亡事故でも起これば、ひとりの尊い命が失われるばかりでなく、ここまで成長した格闘技という文化も吹っ飛ぶことだってあるだろう。ゴールデンタイムにお茶の間に流れるコンテンツだけに、世論はきっと過激なバッシングにまわってしまい、格闘技は以前の薄暗い時代に逆戻りしてしまう……。

 今回の騒動を考えるにあたり、あるリングドクターの言葉を思い出した。

 「私たちは通常、ケガをした人を病院でむかい入れて治療しますが、リングサイドでは、これからケガをするかも知れない人を見守らなければならないんです。できることならばケガはしてほしくはない。これは結構ストレスなんですよ(苦笑)。また、我々には試合を途中で止める権限はありません。レフリーが試合を止めて、初めて選手たちのケガの具合を見ることができる。だからこそレフリーには瞬時の判断を求めたいですね」

 総合格闘技の歴史が始まって20年といわれているが、選手の技術は向上すれど、まだまだあらゆる意味での成熟は成されてはいないのだろう。今大会は全体を見ても、1ラウンド目が10分に急遽変更されたり、秋山成勲VS.金泰泳でもミスジャッジで試合が終了するなど、ハード面での稚拙な部分が浮き彫りになってしまった。

 リングス時代、グラウンド時に顔面への打撃を禁じ安全面を高めた『KOKルール』などを作ってきた前田は、今回の件で次のように語っている。

 「ルールに関して、マニュアルができていないのが欠陥。レフリー、ジャッジ、ドクターすべてが機能しなかった。本来ならば、(桜庭が)つんのめってダウンした時点で止めないとダメ。ドクターもオロオロして、セコンドも気を使ってタオルを投げられなかった。本来はやってはいけない試合。桜庭も無意識に防御していたけど、脳にダメージを与えかねない。これはスポーツであって、殺し合いではない。周囲が選手を守ってあげなきゃ。まずは、安全が大事。選手が安心して戦えるようにしなきゃ」

 格闘技は刺激的で面白いし、技術の攻防も興味深く、選手たちのストーリーも人間味に溢れている。ただ、あるレベルの刺激に慣れてしまえば、さらなる刺激を求めてしまうのが人間の性である。今回の件は、主催者ばかりでなく、過激な行為に慣れ過ぎてしまった我々を戒めるためにもいい機会だったのではないだろうか。

 言うまでもなく安全な環境があってのスポーツである。さらに格闘技が発展し成熟していくためにも、ルール見直し、ジャッジのライセンス制導入、アンチドーピングなどやることは山積みだ。その実現にはやはり各団体が協力的に手を結び統一コミッションを組織するしかないと思うのだが……。どうだろうか?

桜庭和志

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