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ミルコ・クロコップ 未完成という魅力。 

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石塚隆

石塚隆Takashi Ishizuka

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posted2006/08/03 00:00

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[彼らの未来図(2)]ミルコ・クロコップ 未完成という魅力。

石塚隆=文

text by Takashi Ishizuka

 7月1日、PRIDE無差別級GP2回戦終了後、吉田秀彦をローキックで粉砕しながらミルコは浮かない顔で記者会見に姿を現わした。

 あまり嬉しそうではないが、との記者の質問にミルコは冷静に対応する。

 「ハッピーだが、相手に対して敬意を表すという意味で、大げさには騒ぎたくない」― 

 もっともらしい言葉。だが、本心からこう言っているのだろうか。ミルコは吉田に完勝したが、内容は誉められたものではなかった。テイクダウンこそ奪われなかったものの吉田の組みつきからくる圧力に苦しめられた。普段ならば打撃のキレをもって相手を制するのだが、それがまったく機能せず、もしミドルを多用していれば吉田にキャッチされポジションをとられていただろう。最後のローキックのフィニッシュは、吉田のディフェンスの甘さからくるもので、普段の『ミルコ勝利の方程式』からいえば亜流であり、なし崩し的に選んだ戦術のように思えてならない。

 いわばミルコは勝ちにいく戦いではなく、“負けない戦い”をしたのではないか。記者会見での表情はそれを物語っている気がしてならない。結果オーライとはいえ、この勝ち方には疑問が残るだけだし、ミルコには妥協した勝利を選んでほしくはなかった……。

 誰もが心から求めるハッピーエンドを“格闘家”としてのミルコは未だ味わったことがない。栄冠を目の前にしてはそのたびに霧散し、するりと手の中から抜け落ちてしまう。

 敗者の肖像──格闘家にあってこう呼ばれることは不名誉だとは重々承知しているが、ミルコの歴戦に思いを巡らすと、一発で勝負を決められる鮮烈な勝利がある一方、雨の中を後退する戦士のような憂いある敗北も心に残っているのも事実である。

 負けるといつもきまってリング上で見せる徒労感をともなった打ちひしがれた表情。別段、悔しさからオーバーアクションをすることなく、すべてを失ったかのような悲壮感を全身に漂わせ呆然としているその姿。勝利するときのミルコは劇的だからこそ、また勝負に対して誰よりもハングリーだと知っているからこそ、その敗北はハッキリとした輪郭をもって浮きあがってくる。

 逆転負けを喫したノゲイラ戦しかり、ようやく辿りついたヒョードル戦しかり。ミルコの敗北を振りかえると、絶対に負けてはいけない場面での過ちが多いことに気づく。体調不良なども含めて、ここぞという大切な局面で必ずバッドラックが訪れてしまう。

 プロの格闘家としてこれがミルコの限界なのか、と問われてしまえばそれまでだが、これら敗北こそが誤解を恐れずに言えばミルコの魅力なのではないか。負けることが魅力とは、勝負の世界においてタブーを通りこし滑稽にさえ思えるが、反面その証拠に他のファイターならば1度の敗北が命取りとなりスキル面や人気面で大きな足枷となる場合があるのに、ミルコにかぎっては例外的にそれがない。手負いの虎となったミルコが次にどんなに獰猛でピリピリとしたファイトをするのか、あるいはどんな新しいスキルを手に入れているのかが常に注目され期待される。前回の敗北の落とし前をどうやってつけるんだ、と。

 ヒョードルのような無人の野を行く圧倒的な強さが魅力になるのがファイターにとっての理想だし、ミルコもそう考えているにちがいない。が、現実はそうではない。PRIDEのオフィシャルホームページには、『完全征服の覇王』なるニックネームがついているものの、ミルコは決して完璧ではない。ここ数年のミルコは欠落している部分があるからこそ、観る者を惹きつけているのだ。

 では、欠落している部分になにを見るのかといえば、それは“人間的である”ということではないだろうか。相手を左ハイキック一撃で沈め、さらにダウンしている顔面に拳を打ち下ろす冷静沈着なマシーンのようなミルコをして人間的とは冷笑を買ってしまうかもしれないが、このギャップこそがコインのように表裏一体となり、ミルコという存在を稀有、いや意外にも身近なものにしている。

 誰しもが理想を持って生きていることだろう。できれば多くを語らず格好良くありたい。何をするにしても成功したい。そして完璧でありたい。だが、人生はそう上手くいくものではない。もがき苦しみ挫折を経験し、浮き沈みの中を生きていかなければならない。今のミルコと同じだ。つまり、リングという非日常の空間においてミルコは、観る者と共時性をもって存在するファイターなのである。

 だからこそ、ミルコには妥協せず自分自身のスタイルを貫くことで“幸せな結末”を迎えて欲しいと密かな期待が集まる。

 ミルコは自身のブログでトーナメントについて次のように語っている。

 『苦労の先に、俺が望むものが本当にあるのだろうか?― ワンデイ・トーナメントになると、「運」というものを避けては通れない。俺は、今まで、「運」というものに微笑んでもらったためしがないように思う。もっと言えば、トーナメントの神様がもたらす「運」に関してだ。こればかりは、誰も見ていないところでも、黙々と汗を流し、努力を続けていく事でいつか、神様が微笑んでくれることを待つのみなのだろう。これだけ努力したんだから、ご褒美として……という事か』

 努力が必ずしも報われるとは限らない。しかし、努力せずには決して勝つことはできない世界である。自分の思いどおりにならないこの現状を「運」と「神」に託す。これもまた極めて人間的といえるだろう。

 次の準決勝、相手はヴァンダレイ・シウバ。ともにストライカーでありミルコとしても本来の実力をフルに発揮しなければ対峙のできる相手ではない。勝利のとき、そして頂点に昇りつめたとき、ミルコは一体どんな表情を見せてくれるのであろうか。

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