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悲願の日本一を達成し、
三洋・宮本監督が勇退。 

text by

大友信彦

大友信彦Nobuhiko Otomo

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photograph byShinsuke Ida

posted2008/04/17 00:00

悲願の日本一を達成し、三洋・宮本監督が勇退。<Number Web> photograph by Shinsuke Ida

 「大丈夫か? 清宮の罠にかかってるんと違うか?」

 日本選手権決勝の前、三洋電機の宮本勝文監督は多くの人に聞かれたという。

 マイクロソフト杯を制したサントリーの清宮克幸監督が「三洋がリーグ戦で勝ったのはたまたま」と言い放ち、日本選手権決勝での再戦が決まると宮本監督が「FW戦にこだわるサントリーは弱者の戦法」と言い返す──盛り上がる舌戦を「清宮監督の土俵なのでは?」と案じる人に、宮本監督は笑って答えた。

 「僕が今まで、世界中の相手とどれだけやりあってきたと思ってるの?」

 '94年に28歳で引退し、香港へ赴任した元日本代表FLは、三洋の携帯電話を日本メーカーで初めて香港に参入させ、赤字だった現地法人を3年で黒字化。帰国後は中国・アジアの責任者を任され、インド、中東、アフリカまで38カ国を回り、「華僑、印僑、アラブの商人を相手に毎日、切った張ったの勝負を」繰り広げた。

 「僕が他の監督よりアドバンテージがあったとすれば、外国人選手やコーチと直接英語で喋れたこと。通訳を介したらニュアンスの調整もできない」

 それも、国際ビジネスの最前線で培ったコミュニケーション術だった。

 '04年10月、開幕4連敗による柴田浩一前監督更迭を受け、シーズン途中に監督就任。長く第一線のラグビーからは離れていたが、翌春にNZへ留学し、スーパー12(当時)の強豪クルセイダーズのロビー・ディーンズ監督に薫陶を受ける。

 「クルセイダーズは10年間サインプレーを変えてない。相手が対応してきたら違うところにスペースが空く。要はチャンスは相手がくれるものなんだと」

 今季前半戦、SOブラウンからのBK展開がマークされるとHO山本貢がトライを量産。相手がFW突破を警戒した後半戦はWTB北川智規が走りまくった。史上初のリーグ戦全勝。マイクロソフト杯ではサントリーに屈したが、日本選手権で雪辱。三洋を頂点に導くと、指揮官は再びビジネス界に戻ることを決意した。

 「僕が何も言わなくても選手が判断してくれた。もう僕の役目は終わったかな」

 ところで件の舌戦。宮本監督は「本当はBKに展開された方が怖かったんですよ」と明かした。清宮監督と渡り合える勝負師がまた一人去るのは寂しい……。

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