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【凱旋門賞の深層】クロワデュノール、ビザンチンドリーム…日本馬はなぜ今年も勝てなかったのか?《武豊の「誰かが勝つまではやめられない」が再び》
1920年、第一次世界大戦の終結後にフランス、パリ市に創設された凱旋門賞(Prix de l'Arc de Triomphe)は、世界が認める欧州最高の芝の中距離レースだ。その後、第二次世界大戦の影響による2回の中止はあったものの、欧州最高峰の出走馬の質と、10月の第1日曜日という開催日を厳格に守ることで今年104回目を迎えた。
特に記しておきたいのは、過去103回の長い歴史で欧州以外の国で調教を受けた馬の優勝が一例もなかったという事実だ。'60年代初頭までは米国の一流馬の参戦も見られたのだが、芝の2400mというカテゴリーにおける欧州調教馬の強さはまさに圧倒的で、合理主義者が大勢を占める米国の競馬人は、いつしか挑戦そのものをやめてしまっていた。
米国勢と入れ替わるように挑戦を開始したのが日本の調教馬たちだ。'69年のスピードシンボリから始まって、昨年のシンエンペラーまでのべ35頭が挑戦。'99年のエルコンドルパサー、2010年のナカヤマフェスタ、'12、'13年のオルフェーヴルと、惜しい2着が4回もあったが、勝利には届いていない。

そして、今年はダービー馬クロワデュノール(牡3歳、栗東・斉藤崇史厩舎、父キタサンブラック)を筆頭に、最有力ステップレースとされるフォア賞を勝ったビザンチンドリーム(牡4歳、栗東・坂口智康厩舎、父エピファネイア)、日本では1勝クラスの無名馬だったものの渡仏後に一流馬相手に重賞を勝って評価が急上昇したアロヒアリイ(牡3歳、美浦・田中博康厩舎、父ドゥラメンテ)と、タイプが異なる有力馬3頭の挑戦。これまでにも'14年と'19年に3頭、'22年に4頭がまとめて挑戦した例があるが、今年ほどの高揚感はディープインパクトが挑戦(3着入線も、のちに禁止薬物検出で失格)した'06年以来のものではなかったか。
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