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《2024年 大社-早稲田実》「神様から降りて来たんだよ。今やれ、って」2つの奇策‟内野5人シフト”と‟神バント”はいかに生まれたのか【令和名勝負プレイバック①】

2025/08/29
11回裏のタイブレーク。公式戦未出場の控え捕手が値千金の“神バント”を決めた
名門校が土壇場で繰り出した“内野5人シフト”と、地方の公立校が勝利を手繰り寄せた“神バント”。「令和最高の名勝負」を決定づけた2つの奇策はいかにして生まれたのか。知られざるドラマを追った。(原題:令和名勝負プレイバック(I)2024 大社-早稲田実「神が授けた2つの奇策」)

「なんで、あのシフトをしたんですか?」

 大社高校野球部監督・石飛(いしとび)文太が約半年のあいだ抱き続けたごく素朴な疑問だった。質問相手は和泉実。2024年夏の甲子園3回戦で対戦した早稲田実業を率いた名将である。試合は延長11回までもつれた末、3-2で大社がサヨナラ勝ちを収め、93年ぶりの8強進出を決めていた。

 勝者が敗者を訪ねること自体に躊躇いがなかったわけではない。季節が移ろい冬となった今、それでも早実のグラウンドに和泉を訪ねた石飛は問いたかったのである。なぜあの時、一か八かの内野5人シフトに打って出たのか、と。島根では強豪と評される大社も、32年ぶりに出場した甲子園では全くのノーマーク。ベンチ入り選手の大半が地元出身の公立校である。それが強豪校を次々と倒していく。いつしか「大社旋風」と呼ばれるようになり、早実戦の勝利で、その風速は最高潮に達していた。わけてもこの一戦は互いが繰り出した“2つの奇策”の成功もあり、すでにして令和最高の名勝負の一つとされている。

 あの日、大社が同点に追いついた9回裏、なおも1死二、三塁というサヨナラのピンチを早実は背負っていた。ここで和泉は、レフトを投手とサードの間に配置したのである。スクイズを防がんとする策だったが、外野のヒットゾーンは広がる。リスクの高い戦術といえた。

JIJI PRESS
JIJI PRESS

 奇策は成功して初めて称えられるものであり、失敗すれば愚策の烙印を押される。母校である公立高校の野球部を率いて数年、ようやく念願の甲子園出場を果たした石飛にとってはだから不思議だったのだ。東京の名門を率いて全国制覇を成し遂げ、ドラフト1位選手も育てている。そんな高校野球の全てを手に入れたかのように見える名将がなぜ、自分たちのようなチームに対してあんなリスクを冒したのだろうか――。

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photograph by Asahi Shimbun

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