赤坂プリンスホテルの駐車場に星野仙一の怒声が響いた。
「おい! バックするな!」
正確に描けば、試合へ向かう阪神タイガースのチームバスの車内だった。車体の方向転換でシフトレバーを「R」に入れた顔なじみの運転手へ、星野は「下がるなよ」と、眉をつり上げたのだ。
国内が日韓共催のサッカーW杯に沸いた2002年。プロ野球界に、のちに伝説となる新風、いや「闘風」が吹き始めていた。
星野が阪神を変えた。
これに異論をはさむ者はいない。
では、何が変わったのか。
「タイガースの選手としてやるべきことをやらなかったとき、私は鬼になります」
4年連続最下位のお荷物球団の再建を託された星野は、監督就任会見で穏やかに言った。'01年、冬のことだ。
表立って「鬼」なんて口に出す指導者は昨今いなくなったけれど、星野は世間の目などお構いなしに鬼になった。ベンチを蹴り上げる。灰皿を蹴り倒す。扇風機を殴り壊す……前監督・野村克也をして覆せなかった負け癖を取っ払おうと、絵に描いたような激情を隠さず、中日時代の鉄拳を知る選手たちを震え上がらせた……ように筆者の目には映っていた。
阪神1年目を4位で終えた'02年オフ、計24選手もの「血の入れ替え」を敢行したこと、名物オーナー久万俊二郎に「勝てないのはあなたのせい」と直言し、補強費の金庫を開けさせたこと。染みついたぬるま湯体質からの脱却、恐怖政治……新風を象徴する見出しには事欠かなかったけれど、今回あらためて星野阪神のVメンバー、近しい関係者を取材してみると、闘将が煽った激しい風が、我々の知る当時のそれとは実は少し違って見えたりもする。
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