思わぬ形で特別指導が実現した香川の名門校は、イチローが称賛した持ち前の“雰囲気の良さ”のまま個々が更なる成長を模索し、今夏へ歩き始めていた。
練習中に降り出した雨を切り裂くように、打球がライトの遥か上を越えていく。防球ネットをものともしない130m弾は、どすんと音をたて、校舎の外の道路に消えた。
「ヤバい? 車に当たってない?」
ご近所の“被害”を心配した長尾健司監督は思わず頭を抱える。一方で打球の主であるキャプテンの浅野翔吾は、実に涼しげな顔だ。高校通算44本塁打、プロ注目の怪物スラッガー。昨冬からスイッチヒッターに転向して取り組む左打席で放ったフリー打撃の快音に、思わず頬がゆるんだ。
「浅野には全力で打たせちゃダメ。ネットを高くしても効果ない。隣の中学校の屋根に当てちゃったこともあるんだから」
長尾監督はボヤくが、こればかりは仕方ない。何しろベンチのホワイトボードにはこんな言葉が大書きしてあるのだ。
「イチロー流とは? 常に“全力”の中で、形を作る!」
創部113年の名門、高松商業に夢の時間が訪れたのは、長尾監督の“爆弾発言”がきっかけだった。昨夏の甲子園大会で優勝した智辯和歌山に3回戦で敗れた試合後のリモート会見で思わず口が滑った。
「高松商もイチローさんに来てほしいですよね、と聞かれたので“あったりまえですよ。来たら優勝ですよ!”って……」
ニュースを見たイチローが興味を持ったことでとんとん拍子に話が進み、昨年12月11日から2日間の臨時指導が実現した。
「聞きたいことがあれば何でも聞いて!」
スーパースターの言葉を待つまでもなく、選手たちは矢継ぎ早に質問を繰り出した。
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photograph by Kiichi Matsumoto