試合直後の荒々しさを保っていた表情がたちまちワッと崩れた。
「リオデジャネイロオリンピックを終えてからの、苦しくて、辛い日々を、凝縮したような、そんな1日の戦いでした」
息を弾ませ答えたテレビインタビューの直後、井上康生監督の姿を見つけた途端に大野将平の瞳から涙が溢れ、二人は抱き合って肩を震わせた。
大野が子どもの頃初めて見た五輪が、井上が金メダルを獲った2000年シドニー。その後、井上体制の発足初年度となった'13年の世界選手権で代表に選ばれた。この時から今も代表に名を連ねているのは60kg級の髙藤直寿と73kg級の大野だけ。なかでも大野は“パウンド・フォー・パウンド”とも称えられる抜きんでた強さと、しっかり組んで投げる日本的柔道の体現者として、特に'16年リオ五輪以降は日本代表の象徴的存在となっていた。
頂点を極めた者の孤独、そして五輪連覇に挑む重圧。自らも現役時代に連覇に挑んだ井上は、葛藤する大野を間近で見守り続けてきた。「最強かつ最高の柔道家、井上ジャパンでは大野将平、お前だ。世界中が称賛する柔道スタイル、姿勢、佇まいを見せてくれ」と言って送り出した側と送り出された側。二人の男に涙を流させたのは深い共感だった。
その中で自らが果たせなかった五輪連覇を成し遂げた大野に対し、井上は最大級の賛辞を贈った。
「私が見てきた中でも最強の柔道家だなと今日の試合で改めて感じたところであります。強さはもちろん、強さの中の緻密さ、スキのなさ。相手がどのように自分を倒してくるかを考え抜いて、それを1つ1つ潰して弱点を埋めて東京五輪で勝つための準備をしていく。あそこまで徹底できる選手というのを私は見たことがない。理想の柔道家だなと」
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