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<現役最終戦に秘めた思い(8)> 斉藤和巳「寂しいけど投手でよかった」

2021/01/20
'07年、ロッテとのCS第1戦3回裏、無死一、三塁。今江(左)の打球を弾いて内野安打となり1点を失う
6年にも及んだリハビリ生活も、今日で終わり。21世紀最高と謳われたホークスのエースは、人知れず、静かに現役最後の日を迎えていた。

パ・リーグCS第1ステージ第1戦
ロッテ 8-4 ソフトバンク
2007.10.8
成績
勝 渡辺俊(1勝)
敗 斉藤和(1敗)

   ◇

 最後の朝、斉藤和巳は福岡市中央区の自宅を出ると、博多湾沿いに愛車を走らせた。すぐ目の前にある一軍の福岡ドームを背にする格好で向かうのは、海の向こうに見える二軍の西戸崎練習場であった。

《ドームから遠くの球場に行って、終わったらドームの近くの家に帰ってくる。それが僕の日常でしたから》

 2013年7月28日、雲の多い日だった。持ち物も行く道もいつもと変わらない。唯一、違ったことと言えば、胸の中に微かな感傷があったことかもしれない。

 二軍の球場に着くと、馴染みの面々が待っていた。身体のどこかに故障を抱え、試合で投げることのできない投手たち――通称「リハビリ組」。斉藤は日々、練習メニューをともにするその輪の中で別格の存在だった。

栄光も挫折も知らない年下の選手との時間が好きだった

 25歳で20勝投手になった。28歳で平成初の投手5冠に輝いた。先発投手最高の栄誉である沢村栄治賞を2度受賞したのはリーグ史上初めての快挙だった。

 その裏で3度もメスを入れた右肩は他の者とは比較にならないほどの重症だった。もう6シーズン、試合のマウンドには上がっていなかった。それでも35歳になった斉藤は、まだ栄光も本当の意味での挫折も知らない、一回りほど年下の彼らと過ごすのが好きだった。

《何年も一緒にいる奴も、数カ月の奴もいるんですけど、リハビリという精神的にきついことを続ける中で、彼らとくだらない話をして少しでも笑える時間というのは僕にとっては大切だったんです》

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photograph by KYODO

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