11年前の春のことだ。
日本が連覇を成し遂げた2009年のWBC。抑えを務めたダルビッシュ有が最後のバッターを三振に斬って取り、マウンドで雄叫びを上げた。そのとき、日本のピッチングコーチを務めていた山田久志には、今でも忘れられない光景がある。
「横、向かれたんだよ(笑)。ダルに抑えへ回ってくれと言い渡したときにね。決勝トーナメントに勝ち上がって、準決勝の前、ドジャースタジアムで練習日があったんだけど、外野をぶらぶら歩いてるとき、ダルのところへスーッと近づいて行って、こう伝えたんだ。『ダルよ、本来であれば君が決勝の先発だったけど、ここでチームとして方向転換する。今のメンバーを考えたらジャパンの抑えをやれるのはダルしかいない。抑えで頑張ってくれんか』と……でもダルはそのとき、横を向いて、まったく言葉を発することなく俺から遠ざかっていった。これはNOの意思表示かなと思ってね。まいったな、困ったなという感触だった」
この年のキャンプで右の内転筋を痛めていた藤川球児は故障明けの不安を抱えていた。それでも藤川は第1、第2ラウンドであわせて4試合に投げて、無失点のピッチングを続けていた。ただ、思うようなスピードが出てこないせいか、本来のピッチングからは程遠い藤川の状態を見極めて、山田は決断を下した。それが、決勝トーナメントからのダルビッシュの抑え起用だった。
「ダルビッシュを後ろに、という空気は感じた」
しかし、それまで抑えの経験がなかったダルビッシュには、配置転換を受け容れる時間が必要だった。15分ほど経った頃、ダルビッシュは、ブルペンでピッチング練習をする渡辺俊介を見守る山田のもとへスーッと歩み寄って、こう言った。
「雑誌プラン」にご加入いただくと、全員にNumber特製トートバッグをプレゼント。
※送付はお申し込み翌月の中旬を予定しています