「あのハッスルボーイはいいぞ。絶対に使うべきだってね。スパーキーが言ったんだよ」
“ビッグ・レッド・マシーン”の愛称でメジャー最強と言われたシンシナティ・レッズを招いた197 8年の日米野球。そこで野球人生の転機を迎えた選手が、前DeNA監督の中畑清さんだった。
入団3年目のオフ。一軍出場はまだわずか12試合だったが、初戦で後楽園球場の左翼スタンドに2ランを放った。この本塁打をきっかけにその後の中畑ストーリーが始まるわけだが、冒頭の言葉はその時のことを振り返った長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督のものだった。
特製トートバッグ付き!
「雑誌プラン」にご加入いただくと、全員にNumber特製トートバッグをプレゼント。
※送付はお申し込み翌月の中旬を予定しています
photograph by Nanae Suzuki