「ちゃんと投げろっつってんだろ!」
渡邉泰憲の荒々しい声が響いた。スロワーの猪口拓が、唇を噛んで次のボールを投げる。高く跳んだ渡邉の伸ばした手の先に、今度は見事ボールが吸い込まれる。渡邉は着地と同時に、とろけるような笑顔で叫ぶ。「さすが! お前、ホントはウメェじゃネエかよ」。罵倒から一転、絶賛された猪口の顔がほころび、やる気が漲るのが傍目にも分かる。数年前、東芝の練習で目撃した一幕だ。
4月3日に35歳の若さで急逝した元日本代表FL渡邉泰憲の訃報を聞いた時、頭をよぎったのはそんな場面だった。
ピッチに立てば、相手のパンチを浴びても一歩も退かず、ボール争奪戦に身体を張った。ボールを掴めば、192cmの長身を低く折りたたんで相手防御を切り裂き、トライの山を築いた。W杯には'99年から3大会連続出場。'07年のクラシックオールブラックス戦では歴戦の猛者を相手に激しいプレーで渡り合い、黒衣の円陣から「あの6番を潰せ!」の号令まで出た。栄光の場面を挙げればキリがない。だが、記者の頭に残る渡邉らしさは「人たらし」と呼びたくなるあの笑顔だ。
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photograph by Nobuhiko Otomo