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「おい、クマだ、クマだ」小便中にヒグマと遭遇…その後の惨劇「思い出すと、夜も眠れない」3人が死亡した襲撃事件の生存者(87歳)が抱えるトラウマ
text by

伊藤秀倫Hidenori Ito
photograph byJIJI PRESS
posted2026/10/28 11:02
エゾヒグマ(画像はイメージです)
小便中に、ヒグマと目が合った
1970年7月22日、吉田ら5人は夕闇せまる札幌を後にして帯広へ向かい、屋根付きの大正駅で一夜を明かす。
翌23日は6時起床。〈すばらしい天気である。山脈がとてもきれいだ。〉(Bの手記)
8時50分、戸蔦別川を渡渉、朝食をとる。10時40分、戸蔦別川上流エサオマントッタベツ沢出合いに到着。300メートルほど滝をのぼり、17時30分、この日のキャンプ地であるエサオマン北東カール(圏谷)に到着、テントを張り、カレーライスを頰張る。
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翌7月24日、一行は6時に起床。雪渓をのぼり札内岳分岐点を経て、10時、エサオマントッタベツ岳(1902メートル)頂上に到着した。
美しい景色を堪能する間もなくキャンプ地である「十の沢カール」へと向かう。
30度に迫る気温の中、14時20分、シュンベツ岳(1855メートル)の頂上に到着する。
吉田がこの場面を振り返る。
「ここでみんな水を飲んだりして、休憩しました。私は小用を足すため、笹ヤブに入ったんです」
すると突然、笹ヤブが「ガサガサッ」と揺れた。
音のした方を見ると、笹ヤブの上に上半身を出してこっちを見ているヒグマと目があった。
クマ発見も「襲わん」「ふざけていた」
「まだ若いクマだな、と思いました。それほど怖いとは思わなかった。それでみんなのところに戻って『おい、クマだ、クマだ』と知らせて、みんな“どれどれ”と見に行った」
Bの手記では、こうなっている。
〈(吉田が)「熊のうめき声がきこえる」とやぶの中から小走りに出てきた。われわれは「どらどら」と、ものほしげに見にいった。本当である。十勝側のやぶの中から大きな顔をヒョッコリとだして、こちらをみつめている。わずか一〇メートル手前。一見たぬきのような顔つきである〉
この反応も無理はない。この当時、日高山系でヒグマが人を襲うということは、一般に考えられなかったからだ。例えば事件から15年後、地元山岳会のメンバーは、口々にこう証言している。

