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「がんばれ菰田」ドラフト1位候補に親友が贈った“ある手紙”「一人にさせてくれ」「夜ご飯のあと泣いていた」野球部の“相棒”だけが知る、菰田陽生の苦悩 

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近藤裕介

近藤裕介Yusuke Kondo

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photograph byYusuke Kondo

posted2026/10/22 11:02

「がんばれ菰田」ドラフト1位候補に親友が贈った“ある手紙”「一人にさせてくれ」「夜ご飯のあと泣いていた」野球部の“相棒”だけが知る、菰田陽生の苦悩<Number Web> photograph by Yusuke Kondo

互いを知り尽くしている菰田(右)と檜垣(左)

 菰田へ

 まずは、2年半ありがとう。

 菰田が2年春甲子園で152キロを出した時、改めて「えぐいなぁ」と感じました。

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 そして、2年春県大会からチームの軸として投げるようになってから、毎球毎球ファーストの位置から声を掛けてくれてありがとう。

 投手、野手としてチームを引っ張ってくれてありがとう。

 夏の甲子園では、山梨学院の二枚看板として初のベスト4を経験できたことはとてもうれしかったです。

 新チームが始まってからキャプテンに任命され、投手、野手、キャプテンとして大変だったと思うけどチームを支えてくれてありがとう。

 もう少しでドラフトでドキドキしていると思うけど、おれは菰田が選ばれることを信じています。

 プロになっても自分のことを信じてがんばってほしいと思います。一緒に投げ合えて楽しかったよ。

 がんばれ菰田。

 ありがとう菰田。

 檜垣瑠輝斗より

手紙をもらった菰田の反応は…

 直接、手紙を手渡された菰田は、笑みを浮かべて大事にしまった。

「僕の方こそ、檜垣に感謝するところがたくさんあります。檜垣と一緒だったからこそ、去年、甲子園でベスト4まで行けて、センバツにも出場できた。檜垣の方がエースにふさわしい責任感を持っていたと思います。きつい、大変なことばっかりでしたけど、檜垣や他のチームメートに助けてもらった。『こちらこそ、ありがとう』と言いたいです」

 別の道に進んでも、苦楽を共にした強い絆はずっと消えない。《第1回もあわせてお読みください》
 

#1から読む
「世に出てる菰田…かなり違います」ドラフト超目玉へ野球部親友が記した手紙…身長195cm二刀流・菰田陽生の“意外な素顔”「あ、おさかなさんだー!」

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