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「勝っても負けても」“毎日登板”なぜできた? 引退のオリックス左腕が持っていた特殊能力「ちょっと泣いちゃいました」ラスト登板&吉田正尚との秘話 

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米虫紀子

米虫紀子Noriko Yonemushi

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photograph bySANKEI SHIMBUN

posted2026/10/10 11:00

「勝っても負けても」“毎日登板”なぜできた? 引退のオリックス左腕が持っていた特殊能力「ちょっと泣いちゃいました」ラスト登板&吉田正尚との秘話<Number Web> photograph by SANKEI SHIMBUN

引退セレモニーを終え、胴上げされる山田修義

 山田はこう振り返る。

「あの8月は、めちゃめちゃしんどかったですけど、でも、あれがなかったら僕の今はない。本当に転機になった月だったと思います」

なぜ使いやすい? 山田の安心感

 その後も安定感のある左腕はブルペンで重宝された。なぜ山田は使いやすいのか。厚澤コーチはその理由をこう語った。

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「回の途中から入ることができるのは、特殊能力でもあります。彼は1球目から、ゾーンの中で自分のベストピッチができる。それにブルペンで、少ない球数で準備ができるんです。みんな不安なので、いっぱい投げちゃうものなんですよ。それでマウンドに行くまでに疲れてしまう。でも彼はそれがない。肩ができるのが特別早いというわけじゃなく、『できたからもう投げなくて大丈夫』という割り切りができるんです。10球で行けるところを20球投げたら、10球は余分です。でもノブはその10球を投げないでいられる。うちではそれを訓練しているんですけど、実際にそれができる何人かのうちの1人です。

 回の途中から出ていくことの多いピッチャーは、やっぱり使う側からするとすごく安心感があるんです。ノブはそれを、嫌な顔ひとつせずにずっとやってくれた。僕がオリックスに来た時、本当に『リリーフのプロだな』と思いました。常に自分と向き合って、自分のできる仕事を黙々とやっていた。人に興味がないからというのもある(笑)。それがあいつのいいところ。マウンドに立った数以上に、ブルペンは助かっていました。20試合投げているとしたら、倍ぐらい、実質40試合ぐらい助かっている感覚でした」

吉田正尚からの言葉

 自分の役割を黙々とこなし、いつも謙虚。そんな山田が、珍しく自慢げに語ったことがある。敦賀気比高の2年後輩だった元オリックス・吉田正尚(レッドソックス)との高校時代の思い出を尋ねた時のことだ。

【次ページ】 「ちょっと、泣いちゃいました」

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