甲子園の風BACK NUMBER
「自転車操業で、寄付金集めに奔走」名門・池田高校も苦しんだ“部活動とカネ”…なぜ甲子園出場に大金がかかるのか? 蔦文也監督と「甲子園払い」の実態
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谷川良介Ryosuke Tanikawa
photograph bySankei Shimbun
posted2026/09/11 17:40
甲子園で選手たちをねぎらう池田高校の蔦文也監督
田中 思い出したのが、蔦さんは生前のインタビューで「高校野球はプロ化してはいけない」といったニュアンスの発言を残していることです。その裏で、蔦さん自身は講演でお金を稼ぎ、いわば「神様」であり続けなければならなかった。高校野球にアマチュアリズムを求め、自分は講演で必要な資金を稼いでくる、という形で回していた。少なくとも当初は。「強くなろう」という意識を過度にもつと、どこかに無理が生じる。一方でスポーツである以上、強くなろうとする気持ちは当然出てくる。そこのバランスですよね。
甲子園は「出るため」から「勝つため」の場所に
中村 そこは本当に難しいところですよね。少年野球の指導現場でも、保護者間でよく揉める部分です。「勝ちを目指す」と言っても、1回戦を勝つことから全国優勝まで、目指すものの幅がとても広い。どこまで勝てば納得できるのか、具体的にイメージするのが難しいし、ひとつ勝てば次はもっと上を、という欲も出てくる。最初は「一つ勝てれば」と言っていたはずが、いつのまにか「県で優勝するぞ」というところまで目標が引き上げられていたりする。「ほどほど」というラインを保つのは、本当に難しいと思います。
田中 蔦さんで言えば、70年代の最初の甲子園はきっと素直に感動していたと思うんです。手応えのようなものも得ていたのではないかと、私は考えます。ただ本人もそうはっきり発言しているように、徐々に「甲子園に出るため」から「甲子園で勝つため」へと目的が変わっていった。メディアが増えればプレッシャーも増しますし、一度、自転車操業のようなサイクルに入ってしまうと、抜け出すには「監督を降りる」しかなくなる。「弱くなっていい」と口にできればいいのですが。街の支えを受けてきた分、止まることは許されない状況にあった。〈つづく〉
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