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「死球で顔面骨折」元ロッテ水上善雄が語る“野球ボールは凶器”死球の恐ろしさ…阪神・藤川球児が提言“死球ケガ防止プロテクター”は導入すべきか?
posted2026/09/11 06:00
セ・リーグ首位を走る阪神。写真は森下翔太と藤川球児監督
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
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JIJI PRESS
かつてロッテなどで活躍したプロ野球選手・水上善雄(69歳)は、死球に苦い経験を持つ。
「もう少し右に当たっていたら、死んでいましたよ。ちょっと上だったら、目玉が落ちていました」と医師に言われた。
1989年3月21日のオープン戦、日本ハム・柴田保光との対戦中、内角へすっぽ抜けたストレートが水上の顔面を直撃した。診断は左頬の骨折、全治2カ月。だが彼には、どうしても早期復帰しなければならない理由があった。
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「村田兆治さんが200勝まで、あと2勝だったんです。私は兆治さんの後ろで10年、ショートを守ってきた。『大記録を達成する時、俺がいなきゃおかしいでしょ』という自負がありました」
医師の忠告を振り切り、1カ月で戦列復帰。「本気で『死んでもいい』と思っていました」と水上は振り返る。そして5月13日、村田の200勝達成の瞬間、「2番・サード」でフル出場した水上はグラウンドで村田兆治とガッチリ握手を交わした。
ストレートしか打てなくなった
しかし、その翌日から異変が始まった。
「急にボールが怖くなったんです。試合でも、右投手のスライダーやカーブが体の近くに来ると、しゃがんで避けるようになりました。目標を成し遂げたことで、突然パワーが消えてしまった」
変化球への恐怖心は引退まで消えることはなかった。
「バッターが打席でボールを怖がり出したら、もうダメです。恐怖心は引退まで取れなかった。翌年は広島、翌々年はダイエーに移籍しましたけど、ほとんどストレートしか打ってないと思います」
近年の死球禍を受け、阪神・藤川球児監督が肩甲骨から手首にかけたプロテクターの導入をNPBに提案している。水上はこの動きに賛意を示す。自身の体験が、その言葉に説得力を与えている。
「身体を守るプロテクターはどんどん付けるべきですし、頭を完全に防御できるヘルメットがあれば、子供たちも安全に野球を楽しめる。私も、あと500本くらいヒットを打てたかな」
水上の死球はどのような場面で起きたのか。なぜ当たったのか。詳細は本編で詳しく描かれている。
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この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。
