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バレーボールPRESSBACK NUMBER
「酒飲んで、遊んで…しょうもない選手だった」男子バレー深津3兄弟の次男・深津貴之の運命を変えた一通のメール「日本代表のコーチに興味はあるか?」
text by

田中夕子Yuko Tanaka
photograph byItaru Chiba
posted2026/09/09 17:00
2022年からバレーボール男子日本代表でコーチを務める深津貴之(37歳)
1歳上の旭弘と2歳下の英臣は日本代表、そしてSVリーグでセッターとして活躍する。深津もかつてはアウトサイドヒッターとして豊田合成トレフェルサ(現・ウルフドッグス名古屋)でプレーした経験を持つが、わずか4年のプレーに留まり、2015年に現役引退。気づけば、指導者として過ごした時間のほうが長くなった。
プロとしてのキャリアは兄や弟に敵わないが、今や日本代表のコーチとして2度目の五輪を目指す立場にいることは十分な実績のように感じる。だが、当の本人は、やや自虐的に自身の現役生活を回想する。
「基本的に僕は自分に自信がない人間なので、早く引退した理由もそういうところにあると思うんです。俺なんてVリーガーになれることもないだろうなと思っていた中で、豊田合成に拾ってもらった。そこで頑張ればいいのに、『俺はどうせオミのバーターだろ』と思っていたから特に努力もせず、(兄と弟の)2人が頑張ってくれればいいわと思っていた。引退した一番の理由は膝のケガもあったんですけど、それもちゃんと日頃からケアをしてトレーニングすれば防げたり、悪化せずに済んだかもしれない。なのに、酒飲んで、遊んで。ただ“選手”でいることに満足していた。ホントにしょうもない選手だったと思いますよ」
コーチ転身のきっかけ
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少なからぬ後悔はある。その思いが、指導者への道を歩む原動力になったのか。その問いにも首を振って苦笑いを浮かべる。
「2014/15のシーズン終わりに、引退勧告をされました。何ができるわけでもなかったけれど、まだ若かったので、チームもお情けで『コーチをやってみるか』と残してくれた。会社に残っても何もできないことは自分が一番わかっていましたし、できるなら少しでもバレーボールに携わりたい。大した選手ではなかった自分を拾ってくれた豊田合成に恩返しできれば、という思いで(コーチ就任を)引き受けました」
当初の役割は練習時のボールを打つこと。戦術や選手起用に対して発言できる立場にいたわけではない。それでも、後の日本代表へつながる礎となったのは、コーチ就任当初から外国人指導者のもとで働けたことだ、と深津は明かす。
「(クリスティアンソン・)アンディッシュは、30秒しかないタイムアウトの中で通訳を介する時間がもったいない、と言いました。自分がゼロから日本語を学ぶよりも、義務教育で英語を習っている君たちが英語を学びなさいという方針だったので、講師を招いて(英語の)授業をしてもらったんです。TOEICも受けさせてもらったり。それだけでも恵まれた環境でした」
スウェーデンの名将は、それまでとは異なる知識や戦術を植え付け、そして語学を学ばせた。その経験は深津のキャリアをステップアップさせた。
さらに、大きな契機になったのが、ある一通のショートメールだった。


