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「130kmで詰まらせるのが気持ちいい」カープ鈴木健矢が理想を捨て、アンダースロー転向で得た果実《転機は新庄監督の言葉》
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前原淳Jun Maehara
photograph byJIJI PRESS
posted2026/08/31 06:00
広島に移籍後2年目にして、その存在感が高まっている鈴木
以前は、ほかの投手と同じように力で押すスタイルに憧れた。
「やっぱり真っすぐで押す投手になりたかったですよ。スライダーは得意でしたけど、真っすぐをバンバン投げていく投手を目指していました」
木更津総合高2年秋にサイドスローに転向して球速が上がった。社会人JX-ENEOS(現ENEOS)では球速も140km後半にまで上がり、三振を狙って奪うタイプだった。19年ドラフト4位で日本ハムに入団。1年目から一軍のマウンドに上がるも、定着はできなかった。
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「サイドのときは自己満足でしかなかった。とにかく速い球を、と投げていた。今思えばピッチングになっていなかった」
プロ3年目の22年春季キャンプ、新庄監督の「下にしてみない?」という言葉が転機となった。
サイドスローにした高校時代には球速が上がったが、今度は当然、球速が遅くなった。投球の感覚もイメージも180度変わった。
「博打でしたね。でも、初めて投げてみたときの見え方や打者の反応が、社会人時代の良かったときに近かった。力業ではうまくいかなくなって、どうしたら抑えられるのか、すごく考えるようになった」
理想との決別
頭では新しい思考をフル回転させても体にはこれまでの感覚が残っており、しばらく強さを求めた。指導者から「遊べ」と言われてもリリース時に思わず力が入る。それでは打たれる……。
「先発したことで、(力を)抜きながら緩急を使って前後の幅を使わないといけないと感じました」
アンダースローの先駆者たちの映像を見ながら、新たな感覚を構築していった。自分が投げたい球ではなく、相手が打ちにくい球を投げる。アンダースロー転向は、理想を追い求める自分との決別でもあった。
広島への移籍もまた、大きな転機となった。
移籍1年目からロングリリーフを中心に登板機会をもらい、すべて中継ぎで自己最多タイの24試合に登板した。今季も同じ役割からスタートし、試合の流れを変える役割をまっとうした。首脳陣からの信頼度を高め、セットアッパーのテイラー・ハーンが離脱すれば勝ちパターンとしても起用され、先発の柱・床田寛樹が戦列を離れた8月上旬には先発の一角を任された。

