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甲子園名門校でも“自転車操業”のナゼ「勝たねば資金が尽きる」池田高校・蔦文也監督が吐露していた資金不安…そして起きた“思わぬ飛び火”

posted2026/08/24 11:04

 
甲子園名門校でも“自転車操業”のナゼ「勝たねば資金が尽きる」池田高校・蔦文也監督が吐露していた資金不安…そして起きた“思わぬ飛び火”<Number Web> photograph by JIJI PRESS

池田高校を率い、3度の甲子園優勝を果たした蔦文也監督

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名門・池田高校はなぜ甲子園から消えたのか? 蔦文也は本当に名監督だったのか、それとも――。“高校野球界最大の謎”を追ったミステリーノンフィクション『監督、神になる 池田高校 記憶の衝突』(著:田中仰)が大きな反響を呼んでいる。

刊行に際し、生前の蔦監督と親交が深く、当時の著作の担当編集者でもあった近藤雅人氏が、本作への率直な思いを明かした記事の短縮版をお届けします。

◆◆◆

「勝たねば資金が尽きる」――池田高校野球部の黄金時代を支えた蔦文也監督が、そう吐露していたという事実は、名門校の華やかな実績の裏に隠れた、切実な現実を物語っている。

 池田高校は公立高校である。私立のように潤沢なバックアップがあるわけではない。甲子園に初出場した1971年夏、さわやかイレブンで全国的フィーバーを巻き起こした74年春、いずれの大会でも資金繰りの困難さに直面し、野球部部長として蔦氏を支えた白川進氏は「一つ勝つたびに資金が底をつくのではないか」と夜も眠れなかったと語っている。

「勝てば寄付が集まる」

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 勝てば寄付が集まり、数年はもたせられる。しかし勝たねば次第に資金が枯渇していく。部の運転資金を切らさないためには、何年かおきに甲子園へ出場し続けなければならない。白川氏はかつて、その問題の深刻さを訴え続けていた。「お前、この問題をいつか絶対にやってくれ! あまりに問題が多すぎる」――近藤氏がその言葉を聞いたのは、一度や二度ではなかったという。

 80年代に夏春連覇を成し遂げた後、蔦氏は監督業のかたわら講演活動にも明け暮れた。その謝礼が野球部の運営資金に充てられたのか、それとも別の意図があったのか。白川氏が警鐘を鳴らし続けた「高校野球とカネ」の問題は、やがて思わぬ方向へと飛び火していく――その顛末は、本編記事で詳しく描かれている。

〈つづく〉

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 この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。

記事公開から1年に及ぶ継続取材を経て完全書き下ろしで書籍化。“高校野球界最大の謎”を追ったミステリーノンフィクション『監督、神になる 池田高校 記憶の衝突』(著:田中仰)が7月29日についに発売。“高校野球界最大の謎”を追ったミステリーノンフィクション『監督、神になる 池田高校 記憶の衝突』(著:田中仰)は全国の書店にて大好評発売中です。

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