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「声を出せるときは出そう」背泳ぎのスペシャリスト入江陵介が無観客試合を経験して気づいた声援の価値と、競泳ならではの素晴らしき応援文化

posted2026/09/04 11:00

 
「声を出せるときは出そう」背泳ぎのスペシャリスト入江陵介が無観客試合を経験して気づいた声援の価値と、競泳ならではの素晴らしき応援文化<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

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矢内由美子

矢内由美子Yumiko Yanai

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Hideki Sugiyama

 競泳男子背泳ぎで長きにわたって世界を舞台に活躍。2012年ロンドン大会では男子200メートル背泳ぎ銀メダル、男子100メートル背泳ぎ銅メダル、男子400メートルメドレーリレー銀メダルを獲得し、2024年に現役を引退した入江陵介さん。

 現役時代は世界の大舞台で多くの声援を受け、講演会やテレビ出演など新たなキャリアを歩んでいる今は、自身が言葉を発する立場となった。競技者として受け取ってきた「声」と、指導者や解説者として届ける「声」。その両方を知る入江さんが、「声」が持つ力について語ってくれた。

 競泳のレースでは号砲が鳴った後はほとんどが水中での時間になる。入江さんによると、水中では水の音に包まれ、観客席の歓声はほとんど届かないという。だが、それでも全く聞こえないわけではない。

「泳いでいる時はやはり水の音が混じるのですが、それでも日本記録を上回っている時などは、会場が『ウワーッ』となるので、レースの最中も声が聞こえてきます。入場する時の盛り上がりや、日本新記録を出した時のアナウンスなどは音として覚えていますね」

 歓声の内容までは分からない。しかし、会場全体が沸き立つ空気は確実に選手へ届く。

 一方で、入江さんの記憶に最も強く残っているのは、皮肉にも声がなかった大会だという。

「2021年の東京大会です。あの時は無観客だったので、無音だったことが印象に残っています」

 新型コロナウイルス禍の中で開催された東京大会では、観客だけでなく選手同士も声を出して応援することができなかった。

「チームメートを応援することはできるんですけど、ルール上、みんな声を出さず、手を叩くことしかできなかったのです」

 だからこそ、普段は当たり前だと思っていた声援の価値に改めて気付かされた。

「声援ってやっぱりすごく後押しになりますし、大きければ大きいほど力になると思います」

 競泳の中でも、とりわけ応援の熱量が高いのが大学対抗戦だ。入江さんは近畿大学出身。

「日本選手権も盛り上がるんですけど、大学の大会は特に応援にも熱が入りますし、それが大学同士の対抗戦であるインカレになると応援の力がよりいっそう大きくなるなと思います」

競泳界に受け継がれる応援文化

 競泳は個人競技だが、日本の水泳界には古くから受け継がれてきた独特の応援文化がある。

「個人競技ではあるものの、日本ではレースがない選手は観客席から声援を送るという文化が代々受け継がれています。自分が選手の時も、レースが終わったら他の選手を応援していました」

 大会期間が1週間前後に及ぶこともある競泳では、自身のレースを終えた選手たちがスタンドから仲間を応援する姿が珍しくない。その姿勢は他競技からも評価されてきたという。

「他のスポーツの方からも、水泳の応援文化は素晴らしいねと言っていただいたことがあります。ある意味、水泳では応援することが当たり前。だからこそ現役の選手には応援される選手になってほしいなという思いがありますね」

 実際に応援している時は、自然と短い叫びになる。

「『行け!』とか、そんな感じですね。具体的な言葉ってそんなに出てこなくて、応援している時の声は結局2、3文字なのかな。言葉より音っていう感じです」

 選手に届くのは「何を言ったか」より、「応援してくれている」という空気そのもの。

「声援はすごく届きますし、何の言葉かまでは分からないかもしれないですけど、一つの音になって届いてくると感じます。会場が盛り上がっていた方がありがたいですし、その盛り上がりはお客さんの声や拍手などの音。大きければ大きいほど選手としてもアドレナリンが出ます」

 無観客の東京大会を経験したからこそ、その思いはより強くなった。

「コロナ禍の大会を経験した身としては、やっぱり声の大きさを改めて感じます。だからこそ、声援を送っていただきたいというのが率直な思いです」

 現役時代は世界中で声援を受けてきた入江さんだが、引退後は「声を届ける側」へと立場が変わった。水泳中継の解説やテレビ出演など、人前で話す機会は現役時代とは比べものにならないほど増えた。

 そこで感じているのは、「引退してから指導の場で選手に声をかける側や、メディアを通じて伝える側になって、言葉選びにすごく注意するようになった」ということ。その背景には、自身が長年トップアスリートとして取材を受けてきた時の思いがある。

「現役時代には『こういう聞かれ方は嫌だな』とか、『言葉のニュアンスが違うな』と感じることがありました。例えば、金メダルと言ってほしいから『何色を目指しますか』と何度も聞かれることがありました」

 その経験を基に、今は取材する側として一つのことを大切にしている。

「メディア側が作り出そうとする言葉ではなく、より選手たちが自然に話してくれる言葉を大切にしようと思っています。もちろん、メディアとしてはこういう言葉がほしいというストーリーはあると思うんですけど、それを無理やり出させてしまったら作られた感じにもなります。そういうことがないように気をつけています」

 競技経験者だからこそ分かる選手心理。その目線は解説にも生きている。

「自分が分かるだけじゃダメだし、テレビで大会を見ている方たちにとってどうすれば分かりやすいかなと考えます。専門的なことばかり言っても伝わらないので、見てくださっている方の立場に立って、分かりやすい解説や言葉遣いを意識しています」

現役時代以上に意識するのどのコンディション

 そして、伝える仕事を始めたことで、それまで以上に重要になったのが「のど」のコンディションだ。

「現役時代はそこまで意識していなかったのですが、引退してから解説やテレビの仕事で長時間しゃべるようになって、のどのケアをすごく意識するようになりました。以前からのどがかれると体調を崩すことが非常に多かったので、人一倍気を使っています」

 冬場は加湿器をフル稼働させ、飛行機での移動中も必ずマスクを着用する。「のどのケアに関してはかなり慎重なタイプ」と自認している。

 さらに、バッグの中にはのどケア用品が欠かせない。その中でも愛用しているのが龍角散の製品だ。

「龍角散ダイレクトスティックも持ってるし、ちっちゃいタブレットも持っています。準備できるものは準備するようにしています」

 入江さんが龍角散ののどケア製品と出合ったのは、現役引退後にテレビ番組に出演した時のことだ。

「朝のテレビ番組の生放送では『龍角散ダイレクトスティック ミント』が常備されていて、のどに不快感があるときは、マイクを付けてもらいながらそれを服用して本番に向かうというのがルーティンでした。龍角散ダイレクトスティックの青いミント味はのどがすっきりしてリセットされる感じがします」

 実は、テレビ解説では、思わぬ落とし穴もあるという。

「試合会場ではヘッドホンをしてマイクを付けているので、自分の声量が分からないんですよ。だから意外と大きい声を出してしまって、のどがやられる人もいると思います。なので自分は、試合中でも映像だけになるタイミングでマイクを切って、水を飲んだりのどのケアをしたりしています」

 声が仕事の一部である今だからこそ、「声の出し方」そのものにも関心を持つようになった。

「声の出し方が下手な人はのどがかれやすいと聞いたことがあります。アナウンサーの方は長時間しゃべっても声がかれないじゃないですか。それはちゃんとした声の出し方をされているからだと思います」

 現役時代に受けた声援、そして今、自ら発する声。そのどちらにも共通するのは、「相手に届くこと」の大切さだ。

「選手時代は声をかけてもらう側として、本当にパワーにもなりましたし、支えられてきました。今は応援する側、伝える側になりましたけど、コロナ禍を経験して、やっぱり声を出せる時は出そうよ、と改めて思っています」

 入江さん自身、最近はバレーボールやラグビーの試合を観戦することも増えた。

「アリーナやスタジアムでは自然と声が出たり、立ち上がってしまったりします。会場が盛り上がっている空間は観客としてそこにいても気持ちがいいですし、選手としても気持ちよかった。だから本当に声援を送り続けてほしいなと思います」

 競技者として世界を舞台に戦い、今は伝える立場としてスポーツに寄り添う入江さん。その軸は、現役時代から変わらない。

「僕自身はスポーツで生きてきて、スポーツに支えられてきました。仕事としての軸もスポーツです。いろんなことに挑戦したいですけど、一番理解できるのはスポーツなので、その軸はぶらさずに今後もやっていきたいです」

 選手として受け取った無数の声援は、今度は入江さん自身の声となって次の世代へ引き継がれていく。会場に響く歓声も、解説席から届ける一言も、人の心を動かす「声」であることに変わりはない。だからこそ入江さんは、これからもスポーツを軸に、声の力を伝え続けていく。

衣装協力=NANO universe

入江 陵介Ryosuke Irie

1990年1月24日生、大阪府出身。0歳から水泳をはじめ、中学入学後背泳ぎに絞る。高校2年時、アジア大会200mで優勝するなど早くから頭角を現し、2008年には200mでアジア・日本記録を樹立(当時)。近畿大学在学時はユニバーシアードで金メダルを量産。パンパシフィック水泳選手権でも活躍し、’12年にはロンドン五輪で銀メダル2つ、銅メダル1つの活躍を見せた。’24年4月に現役引退を表明し、現在は日本オリンピック委員会のアスリート委員、多数のメディア出演などで幅広く活躍。9月19日から開催される『アジア大会 愛知・名古屋2026』ではTBSアスリートアンバサダーを務める。

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